《MUMEI》

血にまみれ、既に固まってしまっている其処へと手を触れさせれば
酷く深い傷で合った筈のソレが跡形もなく消えていた
「……けれど、痛みは残る。そう、この痛みが貴方を苛む限り、アナタに逃げ場なんてないんですよ」
既に運命は定められているのだから、と
笑う声を堪え肩を揺らしながら広川宅の戸を開いた
「あら槐君、お帰りなさい。……瑞希、どうかしたの?」
入るなり広川の母親に出くわし
槐はすぐぬ、わざとらしく困った様な表情を着くって見せる
「ちょっと、道端で転んじゃって。脚、挫いてるみたいなんです」
だから抱えてかえって来たのだとの大嘘に
だが母親はその言葉をあっさりと信じ
「あら、そうだったの。ごめんなさいね、槐君。うちの子が迷惑ばかりかけて……」
謝罪までしてしまう始末
事実とは違う、と異を唱え掛ければ、槐の手が見えない傷口に触れてくる
痛みに声を失ってしまった広川を槐は抱え直し
部屋で休ませるからと二階にある広川の部屋へ
「今日は、ゆっくり休んで下さい。それでは……」
広川の身体をベッドへと横たえると槐は踵を返し部屋を辞そうとする
ソレを引き留めようと、広川の手が無意識に槐へと伸びる
「……瑞希?」
一体、どうしたのか、様子を伺って見れば
「……俺を、こんなにしといて、何所、行くつもりだよ?」
縋るように服の裾を掴んでくる広川がいた
求められることが嬉しいのか
槐は肩を揺らし、横たえたばかりの広川の身体をまた抱き起こす
「……今すぐ、俺に捕まりたいんですか?あなたは」
「……嫌、だ」
「なら、離しますよ」
「それも、嫌だ」
どちらともつかない答えを返しながら
子供の様に嫌々と首を横へ振ってみせる広川
その様に、槐は困り果てた様な表情を浮かべて見せ
だがすぐに広川の手を強引に引き離していた
「……では、瑞希。また、明日」
そのまま離れて行ってしまう槐の手を取る事は出来ず
一人残されてしまったという不安に、広川は動揺を顕わにする
「……槐」
一人きりの室内
呼んでみた処で返ってくる声がある筈もない
「あら、槐くんったら帰っちゃったの?」
入れ違う様に母親が部屋へと入ってきて
その手には茶と茶請けの菓子がのったトレイが握られていて
槐が居なくなってしまった事を知ると
あからさまに残念そうな顔を母親はしてみせる
だがそんなぼやきも、今の広川にの耳に入る事はなかった
「……俺、出掛けてくる」
「ちょっと、瑞希!?」
母親の声に返す事もしないまま
広川はそのまま飛びだす様に外へ
家を出てすぐに
「鬼姫」
柊が姿を現した
柊に捕まる事は許さない
不意に槐の言葉が思い出され、だが咄嗟に動く事が出来ず
手が広川へと伸ばされる
頬へとその手が触れてきたと思えば
瞬間、広川の視界が白濁に覆われた
「あ……」
何も見る事が出来なくなり、足元ば覚束なくなっていく
耐えきれず膝を折ってしまう広川を柊は支えていた
「鬼姫、その白の中、何が見える?」
耳元へと唇を寄せられ、その低い声
だが見えるモノなど何一つなく、そこには唯白ばかりが広がる
「……白。他には、何も……」
見たままを返せば、柊は僅かに溜息をつきながら
突然に広川の真田を肩へと担ぎあげていた
「な、に……?」
そのまま歩く事を始めた柊
一体、何所へ行こうというのか
だが下手に訊ねる事は避け広川はされるがまま柊に全てを身を委ねるしかない
「ここ、は……」
暫く歩き、到着した其処を見るなり広川の顔が強張った
以前、槐連れて来られた首晒しと呼ばれる場所
半ば放り投げる様に地面へと降ろされれば
柊はそのまま、広川の後ろ髪を引っ掴み、地べたへと押さえつけていた
「痛ぇ。何する――!」
余りに粗雑なソレに異を唱え掛けた広川
だが、次の瞬間
その声は意味を持たないソレへと変わる破目になる
「――!」
喚き散らしてやろうとした喉、柊を振り払おうと振り回した腕、もがき暴れる脚
その全てに何かがまとわりつく感覚があった
それは一体何なのか
無意識に見る事をしてしまえば
其処にあったのは、大量の生首
何十という数のぞれらが、広川を覆い隠すかの様に身体へと群れ始める
「何、だよ。これ……」
「鬼姫を求めた鬼の、成れの果てだ」

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