《MUMEI》

 「お帰りなさい、中」
自宅に帰り着いたのは。丁度夕食時だった
食事の支度に手を動かしながら佐藤の帰宅を出迎えてくる母親
今まで、煩わしさしか感じなかったソレが
この時はひどく穏やかなソレに感じられ、佐藤はその事が不思議でならなかった
「……アイツと、唯話しただけなのに」
たったそれだけの事で見る景色がこうも変わる
ヒトという生き物は随分と単純だと
佐藤は僅かに肩を揺らす
どうかしたのかと母親には問われ
佐藤はゆるり首を横へと振って見せた
「お母さん。私、明日からバイト、始めるから」
「バイト?随分と行き成りね」
「うん。知り合いに手伝ってほしいって言われて。……ダメ、かな?」
決めてはいるものの、一応は承諾を得ようとする佐藤
ソレが最近の彼女にしては珍しい事だったのか、母親は僅かに驚いた様な顔で
だがすぐに、頑張りなさいとの言葉をくれた
「……じゃ、私課題あるから」
ソレだけを告げると、佐藤は自室へと駆けて入る
鞄を床へと放り置き、制服を着替える事もせずにベッドへと倒れ込んでいた
「……私、少し変わった?」
ソレは佐藤自身も驚くべき変化で
その原因が藤本にあると意識した途端、また顔に熱がこもる
「……何であいつの事なんか考えちゃうかな」
藤本とは出会ったばかりだというのに
彼の表情・声・言葉ばかりが思い出される
他愛のない会話だったのだ
だが向けられる言葉は常に優しくて
ソレを、心地いいと感じてしまう
「……変、なの」
自嘲気味に呟き、徐に携帯を開く事をすれば
その待ち受け画面が先程撮ったばかりの藤本の写真になっている事に気が付いた
「……間違って、登録しちゃったんだ」
このままでは流石に恥ずかしい、とそれを変えようとする佐藤
だがその途中、どうしてか思い留まっていた
「……私が写真、大事にしてるって知ったら、あいつどんな顔するかな」
藤本ならば驚きながらも嬉しそうに笑ってくれるだろう事を考えながら
今日が公で出された課題を取り敢えずはかたずけようと
佐藤は一人寡黙に机へと向かったのだった……

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫