《MUMEI》
ベッドシーンの描写
激村がまじめに語る。
「アメリカ映画のベッドシーンは参考になる。ベッドの中で男女が裸で抱き合うが、プレイ中に掛布団が二人の体に掛けられている。だから肩くらいしか見えない」
「普通、夏なんかは暑いから掛けないな」火剣が言う。
「教本を作成しているわけではないから、リアルに描くこともないのだ」
「なるほど」仲田が感心した顔で呟く。
「リアリティーを追求しろと言わなかったか？」火剣が真顔だ。
「臨機応変だ」
「逃げたな」
「逃げてない。ケータイ小説でありがちなのは、作者のきよいか、自分が経験者とアピールしたいのか、そのままズバリを描いてしまう。露骨な表現を読者は求めていないと思う」
「はい」仲田が納得の表情でノートをとる。
「シドニイシェルダンは、雨を比喩にプレイを見事に描ききった」
「野外プレイか？」
「黙れ」
「雨の中の放置プレイは酷いぞ…」
ドロップキック！
「どわあああ！」
激村が飛んだ。仲田は目を丸くする。火剣は２メートル吹っ飛んでダウン。
激村は話を続けた。
「外は雨。その雨の描写を使って部屋の中のプレイを描いた。雨は静かに降り、激しく降り、また静かに降る。プロの描写を見たよ」
「深い…」仲田は感嘆しながら首を左右に振った。
「とにかく露骨で下品な表現は男性読者が読んでも嫌悪感を抱く場合がある」
「ラブシーン以外の反則は何かありますかね？」
「やはり拷問シーンだろ？」火剣が起き上がってきた。
「確かにアクションものや冒険活劇なら拷問シーンはある」
「刑事ものでもあるぞ。婦人警官や女刑事が絶体絶命の大ピンチ！」
「笑顔で言うセリフですか？」
「うるせえ。あと時代劇でも美しき可憐な姫君が暴兵に捕まって危機一髪というのもいいな」
「よくスラスラと…」
「バッファロー！ これくらい三段目だ。ヒロインが敵の手に落ちて万事休すになることを多くの読者は待ち望んでんだ。その庶民の声なき声を無視して貴様らそれでも作家のはしくれかあ？」
「黙れ」
「黙らねえ。清く正しく美しくなんて文学じゃねえ。お遊びだ。実際の世の中は汚ねんだ。人間の怖さを描くことはマイナスじゃねえ！」
「力説するな」
「するぜ。紳士ぶってんじゃねえ野蛮人のくせに」
「失礼ですよ」仲田が顔をしかめる。
「読者の期待を裏切るほうがよっぽど失礼だ」
話が尽きない。火剣の大技連発に激村が押された。
「火剣の言うことにも一理ある」
「自分が野蛮人だと認めたか激村？」
「そこではない。悪党の心理をリアルに描写できる作家は、深い作品を描くだろう。最後はみんないい人…なんて小説はオレも好きではない」
「そうだ。きょうは本音で語ろうぜ。キレイごとはなしだ」

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