《MUMEI》

途中、御上の声に引き留められ
豊原は何事かと、また居住まいを正した
「……そう堅くなるな。華巫女殿に、これを渡しておこうと思ってな」
近く寄れ、手招かれ、その通りにしてみれば
御上の手が、ふわり豊原の髪に触れてきた
「……これは?」
手で触れる様に確認すれば、それは花を模った髪結いで
微かにお香の香りがした
「わが国で守護符として珍重されいるモノだ。付けておけ」
柔らかな笑みを向けられ
その雰囲気に釣られ、豊原は自然な流れで素直に礼を口にする
「……ありがとう、ございます」
現状は未だに解らない事ばかりなのだが
気を使ってくれているだろう事に対し、感謝の意を伝える
「喜んでもらえたのなら何よりだ。」
話しも一区切りに、刀弥が酒を持って現れる
猪口と徳利ののた盆をお上の前へと置くと
一礼し部屋の隅へ
「まぁ待て。刀弥」
途中、どうしてか引き留められた
何事かと身を翻せばその猪口が差し出され
「お前も飲め。一人酒はつまらん」
誘われた刀弥は溜息を一つ吐くとまた立ち上がり
御上の正面へと腰を据え、猪口を受け取る
「華巫女殿も一緒にどうだ?」
徐に自身へと振られ
どうしていいのか戸惑ってしまえば
「見ているだけではつまらんだろう。こちらで一緒に、な」
柔らかな笑みが向けられた
否とは言いにくい状況に段々と陥り
だが何とか自身は未だ未成年なのだと告げてやれば
「未成年?」
この世界での基準ではないのか、首を傾げられ
どう説明していいのか迷っていると
「……酒が苦手なら、これを」
刀弥が別の、今度は湯呑を出してきた
勧められ、一口飲んでみれば
ふわり、口の中に桜の香りが広がっていく
「いい香り。これって、桜茶だよね」
「ああ。これなら飲めるだろう」
「あ、ありがと」
渡されたそれを受け取り一口
柔らかな桜の香りがほのかに香っていった
「さて、そろそろ詳しい話をするとしようか。華巫女殿」
茶でその場が和んだのも束の間
話しを切り出され豊原は居住まいを正す
だが一体何を話せばいいのか
考えこみ、そして悩んでいると
「……と思ったが、今日はやめておくとしよう。華巫女殿も疲れているだろうし」
言葉も終わりにおかみがヒトを呼ぶ
すぐに女中らしき人物が一人現れ、豊原へと深く一礼していた
「華巫女様、こちらへ。お部屋までご案内致します」
その女中に案内され、豊原はその場を後に
やたら長い廊下を歩かされ、漸く部屋へと到着
中へと通されれば、その落ち着いた雰囲気の和室に安堵の溜息をついた
「華巫女様。お召しものをこちらに用意して御座います。宜しければ」
「あ、有難う御座います」
出されたソレは可愛らしい柄の小袖
ソレに腕を通し、だがそれからの着方が分からず、右往左往していると
その女中が手際よく着付けをしてくれた
「それでは、私はこれで失礼致します。何かありましたらお呼び下さいませ」
「は、はい」
深々頭を下げら、その女中は部屋を後にする
一人残された豊原は部屋の外へ
縁側へと出、何をするでもなくソコヘと腰を降ろす
「いい天気」
見上げた空は快晴
何一つ変わってなどいない空を眺めているつもりだったが
みえるソレはやはり何か違う改めて今、自身があり得ない状況下に陥っているのだと理解させられる
「……日向ぼっこか?華巫女様」
「へ?」
何処からか聞こえてくる声に、辺りを見回してみれば
近くあった木野上から刀弥が降りてきた
突然のソレに豊原は驚く様な声をつい上げてしまう
「……この程度で一々驚くな」
「普通驚くでしょ!行き成り眼の前に何か現れたりしたら!」
「……そいう、ものか」
「そういうものなの!」
「……そうか。すまない」
一応は謝ってくるものの、豊原のいう普通がいま一つ理解できていない様子の刀弥
だが豊原は今これ以上言ってみた処で仕方がないと溜息を一つ
「処で、刀弥は何してたわけ?」
御上との酒盛りはもういいのか、と問うてやれば
刀弥は何を言う事無く豊原の傍らへと腰を降ろしながら
「……酔いつぶれて寝てしまわれたからな。女中に任せてきた」

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