《MUMEI》

「じゃ、後に乗って。しっかり掴まっててね」
言われるがまま、佐藤は藤本の後ろへ
しっかりと佐藤が腰を据えたのを確認し、藤本はゆっくりと走る事を始めた
「……このヘルメット、わざわざ用意してくれたの?」
被っているソレに何となく触れながら声を向けてやれば
背中越しに頷きながら
「これから送っていく機会増えると思うし。あった方が便利かなって思って」
声の雰囲気で笑ってくれているだろう事が知れ
佐藤の表情も自然に緩んでいく
「……ありがと」
「どう致しまして。喜んでもらえたならオジさんも嬉しいよ」
何気ない会話を互いに交わしながら帰路を走り、佐藤宅へと到着
「じゃ、また明日。待ってるから」
それだけを言って、藤本はその場を後に
その背を佐藤は見えなくなるまで見送り、そして家の中へ
「お帰り、中」
いつも通りの母親の出迎え
普段なら適当に返し、早々に自室へと上がるのが常になっていたのだが
この日はどうしてか、佐藤は今のソファへと腰を降ろす
「……今日の夕飯、何?」
「え?」
何気なく聞いたソレに返ってきた驚いた様な声
最近希薄になっていた佐藤からの会話に、母親がつい佐藤の方を見やる
気恥ずかしいのか、そっぽを向いてしまう佐藤へ
母親は僅かに肩を揺らしながら
「今日は中の好きなマーボー豆腐よ」
応えて返しながら、佐藤の向井へと母親は腰を降ろす
だがそれ以上何を言う訳でもなく、母親は唯佐藤と向かい合う
「な、何?」
その沈黙に耐え兼ねたのは佐藤の方で
つい問うてやれば
「最近、中よく話をしてくれるようになったわね」
さも嬉しげな母親
日々見える佐藤の変化につい笑みを浮かべる
久しぶりに互いの間に訪れた穏やかな時間
だが浸る間もなく、家のチャイムが突然に鳴り響き始めた
「私、出る」
照れ隠しに小走りで玄関へと向かい
戸を開けて見れば
「ま、愛美?どしたの?」
其処に居たのは藤本でその手には、どうしたのか花で形作られたクマが抱えられていた
「これ、渡し忘れてたから」
はい、とそれを佐藤へ
花が満開のソレを受け取り、瞬間呆然とした佐藤だったが
すぐにその顔が笑みに緩んでいく
「あ、ありがと。でも、どうして?」
つい先程自分用にとヘルメットを貰ったばかりなのに、と佐藤
藤本は返してやる様に相変わらずな笑みを浮かべながら
「これもオジさんからのほんの気持ち。じゃあね」
それだけを渡すと手を振り、帰って行った
その背を見送り、居間へと戻ろうと踵を返せば
ソコの戸から、僅かに顔を覗かせている母親と眼があった
「あ、中。今の人は……?」
藤本の来訪に驚いたらしい母親が様子を伺ってくる
一体、藤本とのやり取りを何処から見られていたのか
腕に花クマを抱えたまま、顔を赤くしてしまっていた
「……今のは、バイト先の、店長さん。これ、貰って……」
見られていたという動揺に途切れ途切れの説明なってしまい
うろたえるばかりの佐藤へ
だが母親はフッと顔を綻ばせる
「とても、優しい人なのね。そのお花、とても可愛いわ」
「うん。」
「お仕事、頑張りなさいね」
「うん。じゃ、私これ部屋に置いて、服着替えてくるから」
母親からの激励の言葉に小さく頷いて
佐藤は鉢を抱えたままに甲斐の自室へ
日当たりの良い窓際へとそれを置き、暫くそれを眺め見る
「……あいつ、どんな顔しながらこれ作ったんだろ」
そんな事を不意に考え、そして藤本の子供の様な笑い顔が浮かぶ
年上のクセに子供っぽくて
かと思えばちゃんとした大人な男性で
その奔放さに、佐藤は振り回されてばかりいる
それが何故か嫌でないのだから不思議なものだ
「明日、お礼言ってやろ」
恐らくは満面の笑みを向けてくれるだろう事を想像し
佐藤は漸く身支度を整えると、居間へと降りて行ったのだった……

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