《MUMEI》 塞ぐヘッドフォンを装着すると、再生ボタンを押して家を出た。 昨日の雨が嘘のような快晴の朝。 ハイテンポの曲調が、眠っている脳細胞を目覚めさせるような感覚になる。 お年玉で買ったハイエンドモデルのヘッドフォンは、幅広い音域を表現してくれる。 退屈な朝の通学を豪華なものに仕立て上げてくれ、全ての光景に音が添えられる。 固有の音が、ヘッドフォンからの音に塗り替えられ、背後に迫る乗用車の急ブレーキの音も、それに伴って危険を促した人の声も。 全ては2ビートで構成されている。 車に弾かれた衝撃はシンバルの音になり、アスファルトに叩きつけられた衝撃はスネアの音になる。 そこでヘッドフォンが外れ、ようやく現状が把握出来るようになった。 聞こえる呻き声が自分の声だと気付くのに、少し時間がかかる。 「大丈夫ですか!?」 視界の端で誰かが叫んでいるが、そちらに目線を移せない。 そこで、あることに気付いた。 呼吸をしていない。 「救急車だ!」 野次馬が見ている。 視界が霞んできた。 音も聞こえなくなった。 誰か、ヘッドフォンを取ってくれないか。 せめて音楽を聴かないと寂しい。 薄れる感覚は、ボリュームを下げるように小さくなり、途絶えた。 |
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