《MUMEI》

 「ね、愛美。花束の作り方とか、教えて」
翌日、学校も終わり藤本の店へとやってきた佐藤
客の流れも一段落つき、一休憩にと互いに椅子へと腰を掛けながら
徐に申し出る
行き成りなソレに、だが藤本はすぐさま笑みを浮かべ
手近にあった切り花を数本、手に取った
「あんまり深く考える事ないよ。ほら」
長さを揃え束ねられただけのそれ
だがリボンで飾ってやっただけで立派に花束に見える
「オジさんはこういう自然な感じが好きだから」
だからまずは何も考えず、好きに作ってみて
藤本の言葉に、佐藤は戸惑いがちに花を手に取る
どんな花束を作ろうか思案していた最中
店の電話が突然に鳴った
「はい。フラワーショップ 花風です」
ソレを藤本が取って見れば、どうやら仕事の電話らしく
受話器を置くとすぐに、手早く花束を拵え始めた
「ちょっと、配達行ってくる。店番、お願いしてもいい?」
「わ、私でよければ」
「ありがと。じゃ、行ってくるね」
すぐ戻るから、と藤本は造った花束を抱え、出掛けて行った
一人きりになった店内
ひとの往来をぼんやりと眺めながら
「……何か、変なの」
徐に呟いた
あれ程までにヒトと関わる事が煩わしいと感じていたのに
今はこの人の往来を眺めていると、どうしてか安堵をおぼえる
今、自分はここに居る
この大勢の中にあっても自分という存在で居続ける事が出来る
その事に佐藤は僅かに笑みを浮かべた
「……出来た」
そうこうしている内に完成に至った花束
佐藤は暫くその余韻に浸りながら、だが徐にカバンの中からメモを取って出していた
昨日の花の礼と、ちょっとした藤本へのメッセージ
思う事は多分にある
だがそれを口にする事は恥ずかしく出来なかったらしい
掻き終えたソレを花束へと添えてやり作業は終了
ソコで丁度客が訪れた
自宅用にと花束を頼まれた切り花達を何とか包み
渡してやれば、有難うと声が返ってくる
唯それだけのことがやけに嬉しく感じ
自分がいま見ている世界ですらその彩りを変えて行くのだから不思議なものだ
「アイツはいつもこんな景色、見てるのかな」
藤本と同じ景色が見れているのならば嬉しい、と
一人、無意識に笑っていると
「お花、ちょうだい」
今度は、幼い少女が店を訪れた
佐藤が目線を合わせてやるために膝を折り、どの花がいいのかを問うてやれば
可愛らしいピンクのバラを一本、その少女は手に取った
「誰かに、贈り物?」
その一本をラッピングしてやれば
母親の誕生日プレゼントなのだと少女は嬉しそうに笑う
「お母さん、喜んでくれるといいね」
「うん!お姉ちゃん、ありがと!バイバイ!」
佐藤へと手を振りながら走り出す少女
だが佐藤へ手を振る事ばかりに集中していた所為か、途中躓いてしまい
少女がバランスを崩す
弾みで傾いてしまった少女の身体は道路へ
走行中の車の前へと飛び出してしまっていた
このままでは、轢かれてしまう
そう考えたのと同時に、佐藤の身体が動く
何とかその手を取り、自身の身体で庇う事が出来ていた
高いブレーキ音と、何かがぶつかる鈍い音
そして全身に感じる痛み
すぐ傍らでは、少女の泣き叫ぶ声が聞こえてくる
「大、丈夫かな?怪我、とかして、ない?」
腕の中で身じろぐ少女へ
何とか問う事をしてやれば頷いてくれて
だが手に持っていた花はその衝撃で花弁が散ってしまっていた
「ごめん、ね。折角買って貰ったお花、駄目に、しちゃって……」
ごめんね、と何度目かに呟いた後
佐藤はそのまま意識を失ってしまったのだった…

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