《MUMEI》

 「随分と賑やかだね」
丁度同じ時分に配達から帰宅してきた藤本
店前の通りの賑やかさにふと脚を止める
普段の喧騒とは違ったざわめき
何事かと僅かに様子を伺って見れば
「……あ、たる?」
人だかりのその中央に
頭から血を流し倒れ込んでいる佐藤の姿があった
状況理解が出来ないまま、だが藤本は唯見ているしかしない群衆を掻き分け佐藤の元へ
「中!」
近く寄って行けば
丁度そこで、誰かが呼んでくれたらしい救急車が到着
そのまま、病院へと搬送される事になった
「……マ、ナミ。ごめん、ね。迷、惑かけて」
付き添いに同乗した藤本へ
佐藤は弱々しく笑みを浮かべて見せる
今気にするべきはそこではない、と藤本は首を振って見せた
そんなやり取りをどれ位続けたのか
近場の病院へと到着し、佐藤は然るべき処置を受ける為そのまま手術室へ
後はもう、事が無事に済む事を祈るしか藤本には出来なかった
何故、どうしてこんな事に
だが考えてみた処で現状が好転する訳は決してない
ソレは解っている、だが
待つ時間、その一瞬、一秒が今は長すぎて
余計な事ばかりを、考えさせられる
手術中の明かりが消えたのがソレから三時間後
駆け付けた佐藤の両親と共に、医者へとその容態を聞こうと迫り寄る
だが医者は黙って首を横へと振りながら
全身強打による外因性ショック死だと現実味のないソレを淡々と告げて行く
つい先まで一緒に話をしていたのに
突き付けられた突然のソレに、現実味が全く湧いては来なかった
佐藤の死、漸くそれを理解したのはまた数時間後で
長椅子に腰を下ろし、喪失感に苛まれ頭を抱え込んでいた藤本
人影が、不意にその前へと立った
「……藤本、愛美さんですよね」
掛けられた声に、伏せていた顔を上げて見れば
其処に、佐藤の母親が立っていた
藤本へと深々頭を下げながら
「……娘に、付いていてくれて有難う御座いました。本当に……!」
気丈に振る舞ってみせる母親
だがすぐにその表情は脆く崩れて行く
「……やっとあの子が、明るく、色々と話してくれるようになったんです。それなのに……!」
床へと力なく座り込んでしまい
藤本はその身体を支えてやると、椅子へと座らせてやっていた
掛ける言葉、返す言葉が見つからないまま
その後、処置が全て終わり気付けば深夜
病室へと移された佐藤
暫くして、母親の嗚咽が室内に響き始める
見るに、そして聞くに居た堪れなくなった藤本は病室を出てしまい
戸に背を凭れさせ、膝を崩してしまっていた
あの時一人にしなければ、こんな事にはならなかったかもしれない
しても遅すぎる後悔に今更に苛まれながら
藤本は暫く、その場から立ち上がることが出来なかった……

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫