《MUMEI》

 「眼が覚めましたか。瑞希」
ゆるり意識が戻ってくるのを感じながらふ色川は眼を覚ましていた
すぐ間近、近すぎる距離に柊の顔があり
広川は唯それを、ぼんやりと眺め見る
首が、そしてその所為で喉の奥がひどく痛み
声を発しようしたそれは言葉にはならず、広川はせき込んでしまう
「大丈夫ですか?これを」
差し出されたのは薄紅の何かが入っているグラス
一体何なのか、訝しんでいると
槐は有無を言わさずそのグラスを広川の唇へと宛がってくる
「これなら喉の痛みも少しは和らぐでしょう?」
どうですか、と口の端に付いていたそれを指先で拭われ
その指は、そのまま口内へと入り込んできた
嫌な甘みが口の中へと広がり、その不味さに吐き出そうと口を開く
「駄目ですよ。瑞希」
ソレを触れてきた槐の唇で遮られ
吐きだす事が叶わず、広川はそのままのみ込んでしまっていた
舌に不愉快な甘みが広がっていく
「味は、どうですか?瑞希」
広川の口の端に付いているソレを舌で舐めとりながらの槐の問う声
そのまま、やんわりとまた唇を塞がれる
深く、甘く、求められ
最早広川の抵抗など何の意味も成さなかった
「……い、やぁ!」
段々と浅くなる呼吸、そしてか細くなっていく声
更には霞んでいく視界に逆らう事が出来ず
広川はそのまま意識を失ってしまう
「……瑞希。すっと愛しています。俺だけの鬼姫」
夢現に聞いた言葉
耳元で優しく鳴るその声に
広川は失ってしまった意識、その中の白濁の中に何かをみ始める
『……俺を、殺しますか?鬼姫。所詮貴方は人喰いという事ですか』
『……違う。人喰いは、お前。私の首を欲しているくせに』
『……酷い言葉だ。貴方は、私を愛してくれているとばかり……』
『私も、愛していた。けれど――』
其処に見えたのは、槐と一人の少女
対峙していた互いの距離が無いに等しくなる程に近づいてた
次の瞬間
肉を刺し抜く、湿り気を帯びた嫌な音が鳴った
『……鬼、姫?』
腹部を深々と抉られ、槐はその場へと片膝を付いてしまい
唐突なソレに、驚いた様な表情を鬼姫へと向けるしかなかった
『……私の首は、お前にはやれない』
『何故、ですか?あなたは俺の贄になる為に……』
ソレがさも意外だと言わんばかりの槐
正面から鬼姫を見据えれば、その顔はどうしてか涙に濡れていた
『何故、お前が鬼なんだ。どうして私は――!』
『そこまでにしておけ。鬼姫』
残酷でしかにソレを止めに入ったのはたのは柊
鬼姫の腕を掴み上げ、自らの方へとその身体を引き寄せる
『……柊』
『これは、人喰い。既にヒトとしての理性はなく本能のみでお前を欲している』
『だから、殺せ、と?』
『そうだ。堕ちた鬼に救済は無い。唯一のソレはお前の手で葬られる事だ』
『私が、こいつを……』
自身へと言いきかせるかの様に呟いて
身を翻すと、鬼姫は槐へと向いて直る
『……お前を助けるにはこれしかないのか。これしか……!』
懐へと手を差し入れ、取り出したのは小刀
ソレを何に使うのか、自覚するよりも先に
ソレで槐を刺し抜いていた
『……満足、ですか?俺の、鬼姫』
『満足など、したやるものか。この人喰いが……!』
刺したままの刃を手荒く抜き取ってやれば
同時に槐の身体が崩れ落ちて行く
痛みに痙攣をおこしていたのは僅かな間
すぐに槐は事切れてしまっていた
「……槐。これ以上続けたら、これが保たない」
見えるそれも途中、布袋の声が聞こえ見ていたもpのが途切れて行く
その声に、槐は広川を求める事を取り敢えず止め、布袋の方を見やった
「大丈夫ですよ、布袋。元よりそのつもりでしたから」
「……これを壊したら、何も取り戻せない」
「布袋は、全てを取り戻したいですか?」
「……私は、取り戻したい」
その為に、鬼姫を探しだしたのだから、と布袋
そんな布袋に槐は僅かに笑みを浮かべながら
「……そう、ですね。その為にはこの人の首が必要だ」
「でも、まだ目覚めてない。これじゃ、あの子たちは何も変わらない」
その事がもどかしいのか布袋は唇を強く噛む
血すら滲んでしまう様に
槐はやんわりと唇を解いてやると、地を指先で拭ってやった
「なら、目覚める為にきっかけを与えてやればいい。もう少し、待っていて下さい」

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