《MUMEI》
回想
その日河原には大人はもちろん、子供の姿もありませんでした。
頭巾を取り、風になびく黒髪を押さえる女性を見て、少年は激しい恋心を自覚した。


「お姉さん、今日は僕達2人きりだよ」

「そうじゃなぁ」

「お姉さんてさ、言葉変じゃない? 向こうの世界の言葉?」

「変なのかも分からぬ。 そう仕込まれてきたから。 時々思い出すこともある。
無垢だった頃の自分を。 けどな、忘れて今に染まる方が生きやすいこともある。
あんな場所ですら求められない哀れな女もおるのじゃ。 求められるから哀れで
ないとも言い切れぬが・・・」

「お姉さんは・・・僕を子供扱いしないんだね」

「ママに甘えるようにしたいのか?」

「違うよ。 嬉しいんだよ、対等に見てくれてるお姉さんが好き」

「そうか。 対等か・・・、そんな上等なものなら良いが・・・単に子供と接することに
慣れてないだけじゃ。大人に囲まれ、大人の接待をして・・・他は何も知らぬ。
なんとも。利用しやすい、いい駒に育てあげられたものよ」

「自分のことそんな風に言っちゃ駄目だよ」

「残念ながら事実じゃ。 この世界、色欲だけで渡れると思うか? 自分の洞察
も出来ぬ女が、誰の夢を叶えるという。 そんなに甘い世界ではない。 とはいえ
私とてそんなにご立派ではない。 そこは、この美貌が盾となる。 しかしな・・・
いつまで持つかのう。 その後の策を考えねばと思う程、この世界に執着はない」

「僕ね、思い出したんだ。 以前にも、お姉さんに会ったことがあるって。 あの時は
何の騒ぎかと思う程、街に人だかりが出来ていて、ようやく少しだけ見えたのが
着飾った数人の女の人だったの。 その時に一際綺麗だったのがお姉さんだった。 
他の人達も着飾っていたけど、付き人みたいに霞んでいたよ。 やっぱり他の人とは
違うんだね。 あれ、お姉さんだよね?」

「時々見世物行脚はしておる。 あの時だけが唯一、顔を上げて街を堂々と歩ける
時間じゃ。 見世物としてなぁ。 物珍しかろ?」

「珍しいというか・・・ ただ歩いているだけなのに、みんな魔法に掛かっていたよ。
お化粧して雰囲気が今と違うけど、きっと普段でも・・・お姉さんが顔を隠さずに歩いて
いたら、注目の的になってしまうね。 僕もお姉さんの顔から目が離せなかった」

「良くも悪くも目立つ姿なのは自覚しておる。 目立てばなぁ、お相手も人一倍苦労
となる。 ふふふ・・・私は着飾った肉体労働者なのじゃ」

「遊女って・・・結婚した男女が愛し合う行為をするんだよね?」

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