《MUMEI》
1
 「屍、屍はいらんかね」
穏やかな昼下がり、そんな物騒な声が聞こえてきた
耳になじみのないソレを怪訝に思い、井原 総司は自宅の戸を開く
外を伺って見れば、何故か甘ったるいこうの様な香りが鼻を突いて
一体何事かと更に訝しむ
「そこの御方、屍はいらんかね」
眼が合ってしまい、その人物がゆるり近く寄ってきた
黒い装束に身を包み、顔を窺い見る事が出来なかったが
僅か見えたソレは少女で
か細い手で戸を掴むとそのまま開けようとする
「……もう疲れてしもうた。この屍を担いで歩くのは」
何かを放り置いた様な鈍い音が聞こえ
その少女は僅か開いた戸へと顔を近づけながら
「……これは此処に置いて行きます故、お好きに使うてくだされ」
「要らねぇよ。そんなもん」
見せつけるかの様に覗かせてきたそれを、即答で断った
だが相手は聞く耳など持ち合わせていないのか
手荒く担い居たソレを放り置くと、その場を後に
「ちょっ、待て……!」
井原の止める声も虚しく
その屍を少女は放り置き、その場から消えていた
「何、なんだよ。あれ……」
傍らに転がされたままの屍をどうしていいのかが分からず
井原は暫くその場に立ち尽くしているしか出来ない
取り敢えずこのまま放置しようものなら確実に騒動になる、と
井原はソレを引き摺り家の中へ
やたら重いソレを何とか土間まで引き摺った
取り敢えず其処へと転がす事をし
どうしたものかと、一人悩み始める
「……まだ、ガキじゃねぇか」
改めてその屍を眺め見てみれば、まだ幼さの抜け切らない子供
随分と腐敗が進み、男女の区別こそつかなくなってしまっていたが
どちらにせよ見るに居た堪れない
遣る瀬無さに溜息をついた、次の瞬間
その屍がっと全に眼を見開く程に開き
井原へと手を伸ばしてきた
最初は縋る様に伸ばされたソレが、すぐに強いソレに変わり
井原は弾みで土間へと押し倒されれてしまう
「まずどっから突っ込めばいいか……」
屍が動いている事か、それともその屍に押し倒されてしまっていることか
冷静でいるつもりでも、やはり気は随分と動転している様で
考えが一向にまとまらない
「……考える事など、愚か」
吐息の様な声が、何処からか聞こえてくる
ソレが屍を越えた更に上からのソレだという事に気付くのに暫く掛った
そして、間近に別の顔が現れる
「……テメェ、何者だ?」
兎に角、状況理解を試みようと問うては見たが、やはり編つなど無く
感情の籠らない顔を、唯向けられる
「……かばね」
漸く名だけを名乗り
少女、かばねは井原の腹の上に乗ったまま、突然どうかしたのか居住まいを正す
そして戸惑いがちに震える手が伸ばされ、明らかに井原の首へと向けられた
触れられ、絞められてしまう寸前、その手は止まる
どうしたのか、様子を伺って見れば
井原に伸し掛かっている身体が砂の様に崩れ始めていた
「……崩れる、壊れる」
段々と崩れて行く自身を眺めながら
感情の籠らない声で、まるで他人事の様に呟く
「……夢見が、悪ィだろうが」
「何故?」
どうやら自身に対して相当に頓着が無い様で
どうしてかと、改めて問われてしまう
「……ヒトは、考える必要など、ない。いずれ、全てが屍と化す」
「……穏やかじゃねぇ話だな」
耳に恐ろしいソレに思わず呟けば
だが相手は首を横へと緩く降り始めた
「……屍に、感情はない。屍に変われば全て、消える」
だから自分にもないのだ、とやはり感情なく呟く
暫くそのまま無言でそこに立ちつくばかりの相手
一体、何がしたいのか
痺れをすぐに切らせてしまった井原が問うていた
「……私は、知らない」
「は?」
「これは、私の意思ではないから」
変えてきたソレは、聞くに意味不明なソレで
結局、何を知ることも出来ない事に井原は段々と苛立ってしまう
「お前の意思でないなら誰の意思だ?」
その苛立ちを隠す事もせず、改めて問うてみれば
相手はやはり表情一つ変える事無く首を横へと振るばかりだ
「わから、ない。けれど、私の意思でないのだけは確か」
返って来た答えは意味不明で
井原の苛立ちは益々募ってしまう
「……解らなければ、付いてきて」

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