《MUMEI》
第三者の意見
「だからぁ、俺は世界一のボクサーになるんだっての。聞いてんのかぁ〜?」
「聞いてる聞いてる。だから、耳元で叫ぶなって。」

三時間もする頃には、将治は完全に酔っ払っていた。ペースを考えずに飲み続けるからだ。
大悟にいたっては、テーブルにつっぷして眠りこけている。こちらは、ジョッキを二杯ほどしか空けていないから、単純に酒に弱いらしい。
将治の絡みをかわしながら、ちらりと和を見る。彼は、ほんのり首を赤く染めただけで、別段酔った様子はない。なんとなく意外だった。
不意に、和と視線が合う。

「お酒、強いんですね。」「そっちも。」
「これ、6杯目です。」

思わず口を開いて、閉じる。いつの間にそんなに飲んだのか。これは、本格的にうわばみらしい。

「和も、聞いてんのかぁ〜?」
「はいはい聞いてます聞いてます。」
「なんだ、その誠意のなさは・・・うぷっ。」

急に、将治が静かになる。見れば、顔色は酷く悪く、気持ち悪そうに胸を押さえている。

「おい。将治、大丈夫か?」
「やっべ。気持ち悪・・・。」
「ちょ、ちょっと、ここで吐かないでくださいよ?!」

トイレへと引きずられていく将治を見ながら、亮は軽くため息をついた。
と、ふいに大悟がむくりと起き上がる。

「あ。起きた。」
「あー・・・。」
「ほい、水。」
「悪い・・・。」

完全に覚醒したわけではないらしい大悟は、自分の頬をぺちぺちと叩く。

「無理に起きなくていいって。」
「いや・・・。あいつらは?」
「和が、将治をトイレに連れてってる。気持ち悪いんだとさ。」

あー。と、またよく分からない声を大悟があげた。本当に寝ていればいいのに、と亮はぼんやり考える。

「なんだ、亮。あれだ。」
「いや、意味不明だって。」
「あれだよ・・・。和も悪気はないからな。」

突然の話の飛躍に、亮は目をしばたかせる。相変わらず、大悟は眠そうな顔でふらふら頭を揺らしている。

「和はな、人見知りするんだよ。いや、違うか・・・。なんていうか、すぐには人を信用しないっていうか。なあ?」
「なぁ、っていわれてもな。」
「最初のうちは目とか笑ってないんだよ。分かるだろ?・・・まあ、ちょっとずつ慣れてくと思うから。」

そこまで言って、うんうんと大悟は頷く。何の確信があるのか分からないが、その自信ありげな態度に亮は小さく笑う。

「俺はてっきり嫌われてるかと思ったけど。」
「いや・・・。俺も最初はそんな感じだった。なんというか、うん。あいつはアメリカンショートヘアだな。」
「は?」

またしても亮が混乱しているうちに、大悟はにこにこと話を続ける。

「あいつはな、プライドは高いわ、寂しがりやだわ、世話が結構大変なんだ。でも、いったん懐くとどこまでも甘えん坊なんだな、これが。あ、でも蚤取りの時は逃げ回ってな、ブラッシングのたびにここら辺とか引っ掻かれて、大変なんだ。うん。」

でもなー、そこがまた。などといいながら、しだいに大悟の言葉は不鮮明になっていく。おいおい、と亮が突っこむころには、完全に夢の中へと帰ってしまった。その顔はとても幸せそうで、猫を撫でている夢でも見ているのかもしれない。

「起きませんか、その人。」

帰ってきたらしい和の声に、振り返る。将治は、和に支えられて眠っていた。
こちらを見つめる不機嫌そうな顔に、ふと、猫の耳が付いている様子を想像した。とたんに、笑いが込み上げる。

「く、ふは、はははっ。」
「な、何ですか、急に。人の顔見て。」

ひそめられていく眉に、申し訳ないとは思うが、笑いが止まらない。
蚤取り、されてたり・・・。

「ははははっ!!ひー、ひーっ!」
「分かりました。酔ってるんですね。」

一人頷いて、和はジョッキの残りを飲み干した。

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