《MUMEI》
近づく距離
一人でも帰れると亮は主張したけれど、和は全員送ると言って聞かなかった。

「いきなり笑いだすなんて、充分危険ですよ。」

そういって将治と大悟をタクシーに放り込む姿は、なんとも男らしい。背は高いけれど、和は全体に細くてあまり筋肉があるようには見えない。自分よりはるかに体格のいい二人を抱えるのだから、和もそれなりに鍛えているのだろう。

「ほら、亮。早く乗ってください。」

急かす声に、慌てて座席に腰掛ける。それから、初めて『亮』と名前を呼ばれたことに気が付いた。

『あいつは、アメリカンショートヘアだな。』

大悟の言葉が甦り、また笑いが起きそうになるのを必死で堪えた。
確かに、自分はかなり酔っているらしい。



大悟を下ろし、将治を部屋に担ぎ込んだ後、タクシーは亮のアパートへと向かった。特に話題もないまま、なんとなく黙りこむ。
ふと和を見ると、彼も少しだけうつむいて、窓の外を見ていた。

「起きてます・・・?」

低く問われて、ああ、と返す。

「僕ね、17で家出して、こっちに来たんです。」

何でもないように話しながら、和は首をこてんと傾げて窓にもたれた。

「亮は、生まれた時からこっちですか?」
「あぁ、ずっと住んでる。」
「そうですか。」

じゃぁ、分かんないだろうな、と言って和は肩をすくめた。何が、と聞こうかとも思ったが、和の静かな目の色に、口を閉じる。
時々、男に対しても色気を感じることがある。それは、恋愛感情とかを飛び越えた次元にあるもので、人間にならみな通用するものだと思う。今の和の瞳は、まさにその色気を出していた。

「別に、いいんですけどね。」

それっきり会話のないまま、タクシーはアパートの前で止まった。おざなりな挨拶をしてドアを閉める直前、ふいに亮の手がとまった。

「なあ。」
「はい?」

妙に深刻な亮の顔色に、心なしか和の表情も強ばる。

「年、いくつなんだ?」

きょとんと瞬きをする和を、亮は正面から見つめた。一瞬遅れて、和は可笑しそうに肩を揺らして笑いだす。

「言ってませんでしたっけ?20です。いちおう、成人ですよ。」
「そうか。」
「はい。」

それじゃあ、と今度こそドアを閉める。走りだすタクシーを見送って、亮はひらひらと手を振った。
アパートの階段を上りながら、俺は猫よりも犬派だったんだけどな、と考える。やっぱり、ずいぶん酔っているらしい。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫