《MUMEI》

「……何を、する気なの?」
含みのある槐のそれに布袋は首を傾げて見せるが
だが槐は何を答えて返す事もせず、僅かに歪んだ笑みを浮かべて見せる
「家に、帰りましょうか。瑞希」
怪訝な表情の布袋を放り置き、槐は広川を横抱きに抱え上げ、その場を辞す
成す術なく、広川はされるがまま槐に連れて行かれるしかない
「……あなたは、誰にも渡しません。決して、誰にも」
向けられるのは、狂気
ソレに魅せられてしまった槐の笑みは恐ろしい程に綺麗に広川には見えた
逆らったら、殺される
本能的にそう察した広川は、求めてやる様に槐へと腕を回していた
「……待って、槐」
帰路に着き掛けて、背後から聞こえて来た布袋の声
脚を止め、槐はその声に向いて直る
「何ですか?布袋」
「……狂って、来ている?」
「狂っている?俺が、ですか?」
「気の所為だと思いたいけれど。でも、今の槐は……」
ゆっくりと布袋は槐へと歩み寄り、頬へと手を触れさせる
様子をうかがう様に槐の顔を覗き込んできた
視線が、重なったと同時に
「俺は、当の昔に狂っていたんですよ、布袋」
槐が懐から徐に取り出してきた刃物
すぐ後に、何かを刺し抜いた様な鈍い音が鳴った
「エン、ジュ……?何、して……」
「鬼晒しに眠っている他の鬼を目覚めさせたかったのでしょう?協力を、してあげたんですよ」
刃物だけでなく、頬までと飛び散ってしまった布袋の血を楽しげに拭いながら
「……あなたも、出来そこないとは言え鬼姫だった。この人の身を犠牲にする事を考える前に自身を捧げる事をしてみてはどうです?」
「わ、私、は……」
嘲笑を浮かべ、倒れ伏してしまった布袋を見下す槐
震える手を、今更に何かを求めるかの様に伸ばしてみる
その手が取られる事はなく、槐は更に来るた様な笑みを浮かべながら
「まぁ、他の鬼がどれだけ目覚めようが全て殺しますけどね」
「……え、槐。何故……」
痛みにわななく唇で訴える布袋
何故、どうしてをひたすらに繰り返しながら
だが伸ばした手はやはり何を掴む事も出来ず、そのままに落ちて行った
動く事をしなくなった布袋を暫く見降ろすと
「行きましょうか。瑞希」
まるで何事もなかったかの様に、広川を抱えたまま歩きだす
これから、どうなってしまうのか
考えるより先に、頭が考える事を拒否しているかの様に考えはまとまらず
唯々、その言葉に頷き、槐の身体を抱き返す事しか出来なかった……

 槐宅へと帰り着き
槐は広川を抱えたまま奥にある寝室へと脚を運んでいた
「今日は随分と大人しいんですね。俺が、恐いですか?」
寝台へと放りだされ、両の手を頭上で一括りに押さえつけられる
その槐の掌には先程殺めた布袋の血液が、既に乾いて固まって残っていた
恐いかと聞かれれば、当然恐い
だが、そんな広川の口を付いて出たのは
「……お前、何が目的なんだよ?」
それだけ
コレだけは聞く事が憚られたのだが
何も解らないままいい様にされるのは広川のなけなしのプライドが許さなかったらしい
「目的、ですか?そう、ですね……」
態とらしく考える様な素振りを見せ
互いの息がかかる程間近に顔を近く寄せられる
「……以前にも行ったと思いますが、俺が俺で居る為、です」
ソレは確かに以前に聞かされた言葉
だが、槐の表情はその時とは違い、狂気に歪んでいた
「……お、俺、家に帰る」
恐怖を与えるには十分すぎるソレに、広川は槐の下で暴れる事を始める
だが解放される事は当然の様に無く
唐突に、脚首を掴まれてしまっていた
「……この脚が動くから、逃げようなんて考えを起こす。それなら」
言葉も途中に槐の口元から覗いた牙の様な犬歯
それで一体何をしようというのか
聞くよりも先に、広川は脚首に痛みを感じる
「な、なに……?」
針で刺された様な鋭いソレの後
広川はどうしてかその場に座り込んでしまっていた
立とうとしても立てず、座ったまま後ずさるしか出来ない
「こうしてしまえば、アナタは逃げられない。大切にします、俺の手に堕ちてきた俺の鬼姫」

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