《MUMEI》

『……手遅れ、なんだな。もう、私の言葉すら、お前には届かない』
『そうだ、鬼姫。奴を救ってやりたければ頃してやる事だ、お前の手で』
不意に背後へと現れてきた柊
鬼姫の手に、今の広川と同じ様に刃物を握らせ前へと押しやった
『救ってやれ、鬼姫。これが、大事なら』
耳元で艶枯れて柊の言葉に
鬼姫は仕方のないことなのだと、おぼつかず震える手で刃物を構える
『柊、また来世で』
ゆるり近くに歩み寄り、触れるだけの口付けを交わした後
広川の刃物が、静かに槐の身体を貫いていた
暫く、そのまま
そして、漸く倒れ込んだ槐の表情は
だが驚愕した様なソレではなく、何故か穏やかな笑みが浮かんでいる
槐が息絶えたと同時、脚元の朱も一斉に消えて失せ
ソコで広川は己へと意識を戻していた
「……堕ちた鬼を救ってやれるのは、俺だけ」
見えた全てを自身の記憶として受け入れ
また朱に塗れながら
笑い続ける槐の傍らへと広川は歩み寄っていく
「……槐、お前は何を求めてる?今も、そしてあの時も」
問うた声に返ってくるソレはなく
最早言葉すら届かないのかと、広川は手の中の刃物を握り返しながら
槐へと求めるかの様に手を伸ばした
互いの間の距離が無い程に近くなり、そのまま唇を重ねる
瞬間、身体を強張らせた槐だったが、すぐに靴ビルを離すと
広川の首筋へ牙の様な歯を突きたてる
「……っ!」
嫌でも感じる激痛
意識を飛ばしてしまいそうになるのを何とか堪えながら
刃物を槐の首へ、同じ様に突き立てていた
「……救ってやるよ。俺が、お前を」
鬼姫としてではなく、広川自身として
槐の腕を振り払い、広川は突き立てたままの刃をそのまま横へ
肉を咲く感触舌を汚す朱が更に濃さを増す
「……相変わらず、あなたは酷い事をする」
さして痛みなど感じていないかのような槐
変わらず狂った様な笑みを浮かべるばかりの槐の首を強く抱きしめながら
「でも、お前は、お前のままで居られたんだろ?」
そうであって欲しい、と広川は何とか笑った顔を見せてやる
身体とそれを繋ぐものが皮一枚になっても尚
槐は変わらず声を上げて笑うばかりだった
その様は見るに狂気
動揺してしまう広川を、今度は槐のそれが抱く
「……一緒に、逝ってはくれないんですか?相変わらず、酷い人だ」
耳元に寄せられた唇が、動く度掠れた様な声を出す
喋る度血液が溢れ、その地は広川を更に汚していった
「……槐、また来世で」
広川はそれだけを返すと、唯一残っていた首の皮を断ち切り
堕ちてしまったその首を腕に抱く
何が悲しいのか、何が辛いのか
解らない感情ばかりが広川を苛み
声を押し殺しながら、肩を揺らす
その広川の肩を槐が唐突に掴み、無理矢理に立たせたと思えば
拒む様にその手を広川は振りほどき出来たその一瞬の隙を借り、柊の首筋へ刃物を突き立てていた
「鬼姫、何の真似だ?」
深く、抉るようなソレに、だが柊は全く動じることもなく
広川の手首を掴み捻り上げながら、その身体を引き寄せる
「……お前は、なんで狂って、ない?何で、槐だけが……」
狂う事さえしなければ、手に掛ける事もなかったのにとの広川
なん乱すら浮かべる広川へ
柊は嘲るような笑みを浮かべながら
「……奴は堕ちた鬼、だから、。同じにして貰っては困る」
広川を首晒しの前へと押しやった
その弾みで前へと傾いてしまった身体は山の様に積み上がった首の中へ
生臭い血の臭いに塗れながら、暫く呆然と首晒しを眺めていた広川
徐に其処にあった生首の一つを掴み上げると、それを首晒しの社へと振り降ろす
「……コレが、有るから、全てが狂う。だから、壊す」
何度も、何度も
生首が潰れてはまた新たなソレを掴み
全身がその血で汚れてしまえば、漸くそれを止めていた
一瞬だけ柊の方を仰ぎ見ると、広川は刃物をミスからの首へと宛がう
愛しい、悲しい
自身の内にあるこの感情は一体誰のものなのか
最早考えることすら放棄し
その全てから逃れてしまいたい、と広川はその刃で首を裂いていた
鮮明に痛みを感じたのは瞬間
落ちる様にその場へと崩れ落ちる
「柊様……」
広川の身体を受け止め、抱え上げた柊の背後
弁天が姿を現した

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