《MUMEI》 実技★描写レッスン仲田が感動の面持ちで言った。 「何だか小説が書きたくなってきました」 「それは良いことだ。小説が書きたくて書きたくて仕方ない。そういう生命状態のときに書くのが一番だ」 「イーチバーン!」 いきなり人差し指を上げて叫ぶ火剣を無視して、激村は授業を続けた。 「トルストイが書く会話シーンも勉強になる」 「叫びたいときに叫ぶのは悪い生命状態か激村?」 「人は会話するとき直立不動で喋っているわけではない」 「はい」 「ウィいいいいい!」 ここまで妨害するのも珍しい。しかし乗ってはいけない。 「身振り手振りで話したり、あるいは、ほかのことをしながら話したりする」 「直立不動で歌う歌手はいるぞ激村」 「あと、飲食しているときは、例えばコーヒーを飲みながら会話をする。この描写の仕方がトルストイは巧みだと感じる」 火剣は怪しい笑顔だ。 「徹底した無視無視攻撃か。ここで虫虫大行進を歌っても滑るだけだから、俺様にいい考えがある」 「つまり悪い考えですね?」仲田が真顔で言った。 「バッファロー。名案中の名案だぞ。明暗を分けるな」 「駄洒落はいいから」激村も期待していない。 「せっかくだから実技と行こうぜ。トルストイ式描写レッスンだ」 「ほう」激村は感心した。「火剣もトルストイを読むか?」 「出たな二階からの手刀。この上から目線男。自分だけ文学者ぶるんじゃねえ。俺様だって罪と罰を何回読んだか」 「あれはドストエフスキーです」 火剣は一瞬戸惑う。 「わざとだわざと。ヒロインのドーニャが邪悪な男に密室で迫られる危機一髪のシーンはエキサイティングだったな」 「そこか」激村が呆れた。 「そこのシーンだけ何回も読み返したんですか?」 「仲田。喧嘩売ってるのか?」 激村が本題に戻した。 「時間がない。描写レッスンをしよう。まずは仲田君から」 「はい」 仲田はコーヒーをひと口飲むと、言った。「根はいい人なんですが、少し常識に欠けているところがあって困っています」窓の外を見ながらため息をつく。「非常識な部分を本人は気に入っているみたいだから、直す気は皆無でしょう」 「仲田。そんなヒドいヤツがいるのか?」 「貴様のことだ」 「バッファロー。じゃあ俺様もお返しの描写レッスンだ」 火剣は豪快にビールを飲みほす。「仲田。激村は日頃紳士ぶってるけどなあ。ヤツには気をつけろ」火剣は店員にビールのおかわりを告げる。「ヤツはキレると女にもケンカキックを食らわせるからな」 「作り話はよせバカモノ!」激村が怒った。 「真実だ」 「女性に手を上げるのは最低の男だ」 「だから足で蹴るのか?」 ケンカキック! 「NO!」 火剣が吹っ飛ぶ。仲田は呆れ顔で呟いた。 「オチは見えていたが…」 前へ |次へ |
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