《MUMEI》
将軍の娘
なぜか火剣が教壇にいる。
「これからは俺様が仕切る」
「どかないとデッドリードライブだぞ」激村が睨んだ。
「待て。将軍の娘について何度か触れながらギャグで終わらせたらよォ、誤解を招くだろ」
「もう招いているから大丈夫ですよ」
「仲田。そういうこと言うと将軍の娘について2時間講演するぞ」
「わかりましたよ」
それは避けたい。仲田と激村はとりあえず火剣の話を聞いた。
「トラボルタ主演の将軍の娘は、なかなか深い作品だと思うぜ。まあ、実際に見てみるのが一番だが、要するに真犯人を見つけて一件落着ではなく、レイプ犯よりも殺人犯よりも、もっと極悪がいたってことよ」
ふざけていない。激村と仲田は黙って聞いた。
「巨悪を倒すという結末とも違う。なぜこの事件が起きたか。その背景を捜査するうちに、犯人よりも先に彼女の心を殺した人間がいた。簡単にいえば正義の告発というストーリーだが、それだけじゃねんだ」
「そこで話を終わらせたほうがいい予感もするが」激村が言った。
「バッファロー。ここからが重要だ。美人大尉。将軍の娘が全裸で手足を拘束されたまま遺体で発見された。普通はレイプ殺人と思うが違った」
「危ないですねえ…」
「テーマはレイプだが、最重要なのは作り手がレイプを殺人同等の重い罪と捉えているところだ」
「ほう」激村は慎重に感心した。「火剣もそう思っているのか?」
「当たり前のことを聞かれるのは心外だぞ激村」
火剣は教壇から二人を睨むと講義を続けた。
「まずレイプは殺人と同じ絶対に許されない凶悪犯罪という認識を作者が持っていること。これがレイプ事件を描く大前提だ。しかしレイプシーンは残酷に描かないのも、娯楽性を重視する映画や小説の大事な考え方だ」
ギリギリの線を行く火剣の話に、二人はヒヤヒヤしていた。
「火剣さん…」
「うるせえ。娯楽性は大事だ。娯楽性を無視するなら芸術作品をやめて論文を書けばいい。で、娯楽性を重視するとなると、どうしても何ちゅうか本中華、ああなる」
「ああなるとは?」激村が怖い顔で聞いた。
「つまりよォ。誤解を恐れて言えば」
「恐れるのか?」
「うるせえ。将軍の娘のレイプシーンは、不本意にも俺様が見た映画の中ではベストスリーに入るエキサイティングな場面になってしまった」
雲行きが怪しくなってきた。
「火剣」
「何だ?」
「今までの講義をすべて水泡に帰するつもりか?」
「そんなことはねえ。娯楽性と犯罪を憎む心の狭間で悩むのが作家だ。とにかく犯罪を、特にレイプを賛美したり、軽く見たり、あるいはレイプ願望に火をつけるような作品はダメってことよ」
「しかし…」
「黙れ。一度のレイプ事件で娘の人生はメチャクチャになった。これは賛美とはほど遠い。そして彼女の周囲の男どもはレイプを凄く軽く見ている。見てて怒りを禁じ得ねえぜ」
「火剣がそういう気持ちで作品を創作しているようには思えないが」
「バッファロー。娯楽性という調味料の量を間違えることもあるが、基本俺様は女の味方だ」
「女性の味方と女の子が好きなのは違いますよ」
「だれがアドリアンアドニスや?」
「言ってません」
緊張感のある講義を終え、火剣は教壇を下りた。
「満足か火剣?」
「読者をエキサイトさせてこそプロだと思うぜ」
「それが最後のテーマになるな」

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