《MUMEI》 4「瑞希――!いい加減起きなさい!遅刻するわよ!」 いつも通り、母親の叫ぶような声で広川は眼を覚ましていた 見慣れた自室、変わらない景色に広川は安堵し ゆるり身を起こしていた 「……アレは、夢か?」 思い出す程に恐怖を覚える筈の記憶 ソレが何故か、酷く遠いソレの様に感じ その違和感に、広川は首を傾げる 「瑞希!早く朝ごはん食べちゃいなさい!片付かないでしょ!」 下から怒鳴りつけてくる母親の声も変わることがなく 本当に全て夢だったのかと、一人怪訝な顔をして見せた広川だったが 母親の怒鳴る声がまた聞こえ 広川は仕方なく、下へと降りて行った 「もう。呼んだらすぐに来て頂戴な。母さんも忙しいんだから」 小言を言いながら、早々に食事を済ませてしまったらしい自身の食器を洗い始める母親 作業に忙しなく動く、その背を眺めながら 「な、母さん」 徐に、呼ぶ事をする 何かと振り向いてきた母親へ 一体何を聞こうとしたのか、広川自身にも解らず 暫く口を噤んだ後、何でもないを返していた 自分はあの時死んだ筈ではなかったのか だがそんな事を問い質す訳にはいかず 広川は出された食事を食べ始めていた 「あら、瑞希。ちょっと」 食事も最中、母親が唐突に顔を覗き込んでくる 何事かと怪訝な顔を母親へ向け浮かべて見せれば 「この首の痕、アンタ一体何やったの?」 「は?」 母親がそこへと指を触れさせながら問うてきた 広川が鏡を覗きこみ、見てみれば そこには薄くはなっているが斬りつけられた様な痕 はっきりと残るソレについ驚いた様な表情をしてみれば その鏡の奥に、ヒトの影が見えた様な気がした 「……!」 ゾクリと背筋に寒気を覚え 弾かれた様に、後へと向いて直る 「瑞希、どうかしたの?」 だが向いてみた先には何もなく 広川は何でもないを一言返すと、残りの食事をかき込む様に食べ 学校へ行くと、家を後にした 「……大丈夫、もう何もない」 そうであって欲しい、と願いながら 途中、広川はとある屋敷の前へと差し掛かる いまどき珍しい純和風の家屋に それを何気なく横眼で眺め見ながら通り過ぎて行こうとした広川だったが どうしたのか、突然踵を返すと、堅く閉じられている門扉をこじ開け中へ 夢だと言い行かせながら、何故此処に入ってきたりなどしたのか 広川自身にもそれは解らず、それでも奥へ奥へと入っていく 敷地の中にある竹林、その最奥に辿り着き ソコで広川が見たものは 自分の記憶と寸分違わない景色 暫く呆然と眺め見、そして広川は膝を崩してしまう 全て、夢であってほしかった。嘘であって欲しかった、と 自らの記憶が現状のそれなのだと実感せざるを得ず ソレが堪らなく恐ろしく感じられた 「……生臭ぇ」 漂い始めた、血が腐った様な臭い 一体、何処からのそれなのか、辺りを伺って見れば ソレは、意外にもすぐ近くからだった 「何、だ?これ……」 自身から漂うソレに怪訝な表情を浮かべた広川 すぐ後、どろりとした感触を首に、そして手足首に感じ そちらを見やれば、そこらから大量に赤黒い血液が流れている事に気が付く 拭っても拭っても停まる気配はなく 広川の周りを血溜まりが覆い始めた 次の瞬間 背後に人の気配を感じ、そちらへと向いて直れば 「……これは、随分と綺麗な朱ですね」 血ですっかり染まってしまった辺りを楽しげに眺めながら その人物は満面の笑みを広川へと向けてきた 「……槐?」 「はい。俺です」 「何、で……?俺……!」 段々と募っていく恐怖に身体を震わせ始めた広川 その様を槐は笑みを絶やす事をしないまま、広川の身体を背後から抱きしめてやる 「鬼首は何度でもこの世に現れる。ヒトが、ヒトであり続ける限り。そう、ですよね?柊」 広川の肩へと顎を乗せながら、槐が見据えた先には 柊と弁天の姿がいつの間にかあった そうだなと槐に同意しながら、だがそのまま踵を返し 「……そうやってまた無益な殺し合いを続けるか。酔狂だな」 声に嘲笑を含ませながら だがそれ以上は何を言う事もせず柊はその場を後にしていた その姿が完璧に見えなくなり、槐は突然に広川を押し倒す 後頭部を打ちつける様な痛みに顔を顰めながら 前へ |次へ |
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