《MUMEI》

据わったハルの向かいに桜井も腰を下ろし
ハルへと箸を渡してやれば
「……これ、何?」
受け取った箸をまじまじと眺め見る
ソレを見るのは初めてなのか、ハルは随分と物珍し気で
桜井は微かに肩を揺らすと、使い方を教えてやるため
座ったばかりでまた立ち上がりハルの後へ
「こうやって、使うの」
不器用に箸を握るハルの手に自身の手を添えてやり
動かし方を教えてやる
「こ、こう?」
見よう見真似で箸を使ってみるハル
最初こそぎこちなさばかりだったが、すぐに慣れたのか
早速食事へと取りかかっていた
「美味しい……」
「本当?良かった〜」
「こ、これ、僕好き」
そう言いながらハルが食べていたのは
ふんわりと焼き上げた出し巻き卵
甘めに作ったのがどうやらお気に召したらしかった
その嬉しげな顔に桜井は僅かに肩を揺らしながら
「これ、あげる」
自身のソレをハルの皿の上へ
「でも、これ、歩の……」
「いいの。良かったら食べて」
遠慮は入らないから、と勧めてやれば
暫くハルは考えていた様子だったが頷いて食べ始めていた
その様は今の見た目に反し、幼子の様で
彼らしい、と桜井は無意識に笑みを浮かべて見せる
「ごちそう、サマ。美味し、かった」
「お粗末さまでした。そんなに美味しいって言って食べてもらえると、作った甲斐がある」
「あ、明日も、これ、作ってほしい」
余程お気に召したのか、明日にもリクエストが入り
桜井は瞬間虚を突かれた様子だったが、すぐに頷いて返してやった
「あ、ありがと!歩」
「どう致しまして。じゃ、ハル。次はお風呂ね」
「おふろ?」
風呂が何なのか、やはり解らない様で
小首を傾げて見せるハルを、桜井はそこへと手招いてやる
「ここが、そのお風呂」
「この四角い箱が?」
一体これは何をするモノなのか
解らないらしいハルは小首を傾げながら問う
「お風呂、やっぱり解らない?」
「うん。知らないの」
解らないが故に興味があるのか
ハルの眼は楽しげに輝き始めていた
「この箱の中に、入る?」
「そ。中に温かいお湯一杯入れてね」
気持ちいいのだと笑う桜井にハルの眼は更に輝く
「歩。ぼ、僕これ、入る!」
言うや否やハルは湯のない浴槽の中
膝を抱え、体育座りをして待つハルへ
桜井は更に笑みを濃いソレにしていた
「ハール、まだだよ。先にお湯入れないと」
早くと急くハルを宥めてやりながら
桜井は蛇口を捻り、浴槽内を湯で満たしていく
浴室中に湯気が立ち込め、それすらハルは物珍し気だ
「そろそろいいかな。ハル入って大丈夫だよ」
「歩は?」
一緒には入らないのか、と小首を傾げられ
豊原は顔を赤くし、首を横へと振ってみせる
「……どうして?」
「ど、どうしてって、恥ずかしいでしょ」
「僕、別に平気」
言葉通り気に掛ける様子のないハル
だが桜井にしてみれば問題が多々ある訳で
寂し気な表情をしてみせる春を目の前にどうしたものかを暫く考え
そのままで互いに向き合っていると
不意に来客を告げるチャイムが鳴り響いた
先に入ってろ、との桜井が来客を迎える為出て行ったの確認し
ハルは取り敢えずは桜井の言葉を実行しようと服を脱ぎ捨てる
「ここに、入る」
湯の張られている浴槽へ、片足を入れた
次の瞬間
ぽんと弾ける様な音を立て
唐突に、ハルの身体が縮んでしまっていた
「な、何!?どうしたの!?」
余程の音だったのか、桜井が慌てた様子でそこへと入ってくる
そうして桜井が見たのは
「歩〜」
すっかり縮んでしまったハルの姿だった
何があったのかと呆然と立ち尽くす桜井
だが半ば溺れかけているハルを助ける方が先だと
湯の中で必死に泳いでいるハルを掬いあげてやる
「ありがと。歩」
「だ、大丈夫?」
水を飲んでしまったのか
何度も噎せるハルを取り敢えずはタオルで包んでやり
そのまま、テーブルの上へ
「で?一体どしたの?」
何が起こったというのか、取り敢えず聞いてみれば
ハルは大きすぎるタオルに溺れそうになりながら首を横へ振っていた
「ぼ、僕もよくわからなくて。お湯に足を入れた途端、縮んじゃったんだよ」
不思議だよね、と小首を傾げるハル

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