《MUMEI》
禁断を凌ぐ研究者
ある夏の暑い日の夜。巨大な洋館の自室の窓際でとある老人が涼んでいた。空には満点の星が瞬いている。椅子に座りながらワイングラスを傾ける。夜風がカーテンを揺らし、老人は目を閉じる。そして過去に思いを巡らせた。




あれはそう忘れもしない、第二次世界大戦の最中。私は敵国アメリカの捕虜となり、負傷者を治療するため前線を駆け巡った。降り注ぐ火の粉、銃弾。戦場ではたくさんの人間が死んだ。戦死は英雄の死、そういった価値観によりたくさんの人間が死に飛び込んでいった。
そうした死を重ねついに終戦を迎えた頃、私は今度は心理学と医学の腕を買われ、拷問の指導者としてまた軍に雇われた。そこで待っていた死。それは戦時中の英雄とされた死と違い、まったくの苦痛のみの死だった。そうしてまた異質の死と向き合いながら時間が流れた。

やっと解放された私はその賃金を使いある研究を始めた。今に至る約60年近くの歳月を費やしてきた。未だ完成しないその研究は、『死の研究』だ。

圧死、出血死、ショック死、爆死、凍死、病死、老死、垂死、溺死、轢死、安楽死、焼死、ありとあらゆる状況と状態によってありとあらゆる死のカタチが存在する。死とは、恐怖か安楽か、英雄か下衆か、善か悪か、喜びか悲みか、幸か不幸か、優秀か下劣か、最高か最低か、必要か不要か、偶然か必然か、原因か結果か、無か全か、罪か罰か。死の正体を暴くべく、死の真意を突き止めるべく、ただの趣味で始めたこの研究。長きに渡れども遂には完成はしなかった。私に残された時間はあと僅か。

明日で87歳を迎える私に、ある褒美を用意した。それはきっと私の生涯を救うであろうもの。


明日の事を考えると、思わず口角が上がってしまうのがわかる。そうしてゆっくりと目を開けると、ひらけた窓から望む星空に一筋の星が流れる。私は静かに眠りについた。



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