《MUMEI》

「無礼をお許し下さい、では、貴女は病で伏したのでは無かった、何者かの手に掛けられたと云う事ですね。」

林太郎は恐怖心を打ち消すように、続けざまに問い掛けてゆく。
手を離さないように固く拳を握った。

「そうかもしれない、私は持病が原因で暗い部屋に閉じ込められていたわ。」

「貴女は、つまり愛する人と上手くいかなかった?」

其の言葉で僅かに蝋燭の焔が揺らめいた。

「私は売られたのよ。」

女の高蚩いと共に円卓が震えはじめた。
林太郎は香に紛れる甘い匂いに鼻を動かしていた。

女の香りは、金木犀に似ている。
林太郎は、目を懲らしてあの、窓に寄り掛かる美しい人を記憶から引き出していた。


花瓶が突然割れた音に、慶一が反射的に手を離した。


「父様もあの男も、全てが憎い。あの、塊も憎い。恥を知れ、何時か後悔するだろう。」

殺意を込めた眸に貫かれ、空間は恐怖で、底冷えていた。
笑いながら憑依された女は体を反り返し、頭から倒れ込んだ。
夢か幻か、天井に黒い塊が渦を巻いて吸い込まれた。

慶一は突然の出来事に腰を抜かして手を離してしまった、手汗が掌の潤滑油にしたのだ。

「嗚呼!」

生娘が襲われたの如く、女々しく、慶一が騒ぐ。
天井の黒い塊は幾つか弾かれて部屋にうろついた。

「慶一、落ち着きなさい。」

手を結び直そうと宥めるも、喚く慶一が振り解いた。

「悪趣味な遊戯ですね。」
林太郎は仕掛けた天井に忍ばせた極細の繊維も花瓶の中の火薬臭も見切っていた。

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