《MUMEI》

「は?」
「……こっち」
感情の籠らない声で井原を手招けば
暫くその様を伺っていた井原だったが
このままでは何も解らない、と少女の方へ
近く寄って見れば
少女の骨の様な手が、突然に井原の首を締め上げていた
「何の真似だ?」
締め上げる訳でもなく、唯触れるだけの手
一体何がしたいのか怪訝な顔をついして向ければ
「……あなたは、私の為の、屍になる」
却って来るのは意味不明なソレばかり
当然井原は怪訝な顔をして見せるが、相手はソレ以上語る事はしなかった
唯一言を残して
「……しにたい」
「は?」
「私は、しにたい。だから――」
言葉も終わりに、井原の首に触れていた手が朽ちた土壁の様に脆く崩れて行く
目の前でのソレに、井原は暫く呆然と立ち尽くしていたが
途中、見るに耐え兼ねその手を掴み上げていた
「……何?」
無表情のまま、処女が井原を見上げ
さも不思議気な顔をしてみせる
一体この少女に何が言ってやりたかったのか
咄嗟に取ってしまった手を何気なく眺めながら
だが矢張り何の言葉も出てはこず、井原はそのまま手を離していた
「……探しに、行かないと」
「何を?」
訝しく思い、つい問うてみれば
だが相手からの返答はなく
そのまま歩きだしてしまったその後ろを何故か折っていた
「……何故、付いてくるの?」
「さぁな」
「アナタには、関係のないこと」
「関係ない、ね」
ならば何故、自分へ話す事をしたのか
その疑念をつい表情に出してしまえば
不意に少女が立ち止まることをし、くるり身を翻すと井原の目の前へ
「……それとも、今すぐにでも(死に体)になってくれるの?」
「は?」
「……そう、ね。それがいいわ」
少女の口元がらしからぬ笑みに歪んだかと思えば
その懐から鈍く光る刃物の様なソレが取り出される
「随分と物騒な持ってんだな」
「……死に体を造る為の、大太刀」
「獲物の説明なんぞ聞いてない」
知りたいのは(死に体)なんてモノを作って何をしようとしているのか、で
問うてはみるが返答はなく、無遠慮に刃先が向けられた
「……貴方を、殺すわ」
「冗談」
殺すと正面切って宣言され
大人しく殺されてやる程、井原はお人好しではない
どうしたものかと僅かに脚元へと視線を向けてやれば
少女が放り捨てたのだろう大太刀の鞘が無防備にも放りだされていて
井原は素早く腰を落とすと脚を払いその鞘を手中に
それを使い、自身へと向けられている刃を弾いて退けていた
「何故、拒むの?」
解らない、と小首を傾げられ
その仕草に、井原は深々しい溜息を相手へと吐いて向ける
「面と向かって殺すって言われて素直に殺されてやるアホが何所に居んだよ」
「……逆らう事なんて許されない。これはヒトとして当然の定め」
だから殺されろ
そう続くであろう言葉に、井原は僅かに舌を打つと
素早い動きで腰を低く落とし、脚を回すと少女の手首を蹴りつけていた
「……無駄」
鈍い音を立て折れてしまった手首
直角に折れ曲がり、見るに痛々しいソレに
だが少女は顔色一つ変える事をしなかった
自ら屍を名乗るだけあってか、痛覚がどうやら相当に鈍いらしい
痛くはないのか、と問うてやってみれば
何故か小首を傾げられてしまった
「……痛、い?それは、何?」
やはり痛いという感覚が分からない様で
全くと言って言い程進展のない会話に、井原は即座に飽きてしまう
「もういい」
これ以上はつきあってなど居られない、と井原が踵を返せば
その背後で僅か溜息の音が聞こえてきた
「……私は、欲しい。(死に体)が、欲しいの」
蚊の鳴く様なその声が言い終わったと同時
懐に隠し持っていたらしい短刀を症状は取って出し
ソレを、無防備になってしまっている井原の背へと突き立てていた
「な……!?」
「……寄越せ、寄越せ!!」
感じすぎてしまう激痛
だがこれ以上は避けなければ、と身を捩りまた少女と対峙する羽目に
「……随分な挨拶だな、このクソガキ」
全身血に塗れながら
だが井原は居た手平然とした顔をして向ける
痛みを感じないわけでは決して無く
唯々何故か、と疑問ばかりを抱いてしまっていた
「……屍は、標」
「は?」
「しにたい。だから、屍が要るの」

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