《MUMEI》 「あ、ありがと」 「……随分と、お転婆なんだな。華巫女様は」 「そ、そんな事――!」 ない、と言い掛けた豊原の目の前へ 不意に一枚、桜の花弁がふわり舞ってきた この近所に咲いている桜等無い筈なのにと、辺りを見回してみれば 『……華巫女』 何処からか声が聞こえてくる 何処からか、聞いた事のある様な声が聞こえてくる 声の擦る方をなんとか探し、向いた豊原の目の前に ふわり白い影の様なソレが現れる 「華巫女様、俺の後へ」 徐々に人の型を成すソレに 刀弥は豊原を庇う様に腰を低く身を構えた 懐に忍ばせていたらしい小刀を刺し向ける刀弥へ 豊原はちょっと待て、とそれを止めていた 「……あなた、だよね。あの時私を呼んだのは」 その姿が全て現れれば、見覚えのあるそれで 子供は僅かに笑みを浮かべると、豊原の傍らへ そして何を言う訳でもなく、徐に手を差し出して向ける 何かとその平を覗き込んでみれば、そこに桜の花弁 たった一枚のソレを、少女は豊原へと渡してきた 『……守って。お願い』 漸く聞き取れる程の小声で呟い 少女の姿は段々と薄くなっていき、そして消えて行った 後に残った豊原と刀弥 互いに顔を見合せていた二人だったが暫く後刀弥が立ちあがる 「刀弥?」 「……行くか。華巫女様」 言うや否や、刀弥は豊原の身体を肩の上へと担ぎあげ あろう事か、屋根の上から飛んで降りていった 「嘘ぉ!?」 今までに経験した事のない高さからの落下に声を張り上げる豊原 恐怖ばかりが勝り刀弥にしがみ付いてしまえば 頭上で、刀弥が僅かに笑った様な息をつく 「何よ!?」 笑われている事が癪だったのか、魔に駄目のままで睨みつけてやれば 刀弥は未だ笑いに肩を揺らしながら、何でもないを返してやるばかりだ 「行くぞ」 ふわり下へと降ろされ、今度は手を取られる そのまま通りを歩いて行けば 途中、豊原は気恥ずかしくなり刀弥の手を引いて止めていた 「どうした?」 当の刀弥本人は別段気に掛ける様子もなく、普段通りの顔 平然とされてしまえば、それ以上何を言う事など出来なくなってしまう 嫌では決してない訳で 自分が意識する程他人なんてモノは自分達を見てはいないのだ、と 何度も自身に言い聞かせていた そうこうして入る内に豊原達は桜木の元へと到着 相も変わらず枯れ木のままのソレに 「……この時代の神木は随分と寂しいんだな」 刀弥が木を仰ぎ見ながら、僅かばかり寂しげに呟く その傍らでと寄らも頷き、木の幹へと手を触れさせてみた 「……私は、あなた救っては上げられなかった?」 もしかしたらこの枯れ果ててしまっている桜木の姿は 自身が向こうの世界へ行ってしまった、その結果なのではと そんな不安を抱きながら額を幹へ 役に、たたない あの時の言葉が思い出され、豊原は不意に桜木から離れてしまう 触れてはいけない気がして 顔を俯かせてしまえば、刀弥が背後から豊原を抱いてきた 「と、刀弥!?」 「……泣くな。華巫女様」 あれこれ気に病む内に泣いてしまっていたのか 刀弥の手が豊原の頬を撫でる 「……戻らなきゃ」 その優しさに縋ってしまいながら、また桜へと手を伸ばした 手を触れさせ、木の幹へと縋る様に身を凭れさせれば その手の上へ、刀弥のソレが重ねられる 「……刀弥」 「大丈夫だ。俺も居る」 一人ではない、不安を全て負う必要など無いのだと 低く、そして優しい声色耳のすぐ傍らで聞こえてきた ソレ安堵した豊原は肩を撫で下し そして木の幹を両の腕で抱き締める もう一度と、強くん願い眼を閉じた その直後 閉じ、何も見えない筈の眼の奥に、桜の彩りが散り散りに見え始めた 薄紅にその全てが覆われ 漸くその全てが消えたかと辺りを見回せば ソコは満開の桜が咲いているあの場所だった 「……戻って、来れた?」 辺りを確認するため首を巡らせれば 向いた正面そこに、唯佇んでいるばかりの人影を見た 「……やはり、此処に居たか」 見たくなどないと顔を逸らしても視界に程派手な彩りの着物 皮肉気な笑みを浮かべて向けてくる相手へ 豊原は小刻みに身体を震わせ始めてしまう 「御挨拶だな。そんなあからさまに怯えて見せる事はないだろう」 前へ |次へ |
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