《MUMEI》

相手は嘲笑を浮かべながら豊原の方へと歩み寄ってきて
その距離が近くなればなる程に
豊原の震えが酷いソレになって行く
脚が竦み、座り込んでしまいそうになるのを何とか堪えながら
豊原は相手を睨みつける
「……守って、みせるんだから」
「何?」
「絶対、守って見せるんだから!!」
唯それだけを怒鳴って向けてやれば、相手は虚を突かれた様な顔
暫くその顔の後、笑いに噴き出す様な声が聞こえてくる
「ならば、華巫女様の采配、見せてもらおう」
段々と声を上げて笑いだし
一頻りそうした後、相手はゆるり踵を返し、その場を後に
姿が完全に見えなくなってしまえば
途端に豊原の脚から力が抜け、その場へと座り込んでしまっていた
立てなくなってしまった豊原を刀弥は肩へと担ぎあげ、そのまま屋敷の中へ
「華巫女殿、無事か!?」
入るなり慌てた様子の御上が駆け寄ってくる
刀弥は豊原を降ろすと、御上の前へと片膝をつき首を垂れていた
「刀弥、ご苦労だったな」
労いの言葉に刀弥は首を横へ
全ては自身が至らない所為だと、頭すらさげる刀弥へ
御上は緩く首を横へと振ると、僅かに肩を揺らした
「そう気に病むな。それより、、華巫女殿」
「は、はい」
「今日は疲れただろう?湯殿に花湯を用意させた。ゆっくりとしてくるといい」
労わられたのだと気付き、豊原は素直にソレに甘える事にした
女中に連れられ湯殿へと向かい
戸を開けた瞬間、湯気とともに花の香が豊原の周りに満ちる
「……すごい」
「桜の花弁を干したものを湯に浮かべております。どうぞ、ごゆっくりお寛ぎ下さい」
「あ、有難う御座います」
深く一礼し、女中はその場を辞す
後に一人残った豊原は、戸惑いがちに着物を脱いで捨てると
用意されていた晒しで身体を覆いながら湯へと浸かった
「……気持ちいい」
ゆるり波立つ湯を何気なく眺めながら
その中で揺れる花弁を一枚掬い取ってみる
柔らかな色の薄紅
だがあの時、連れて行かれたあの場所で見た花の色は真紅
ソレに染まる桜木は何故か苦しげに見えた
「……どうすれば、いいんだろ」
救ってみせると言った。だが、一体どうやって
考えれば考える程、考えがまとまる事はなく解らなくなっていく
「……刀弥、近くにいる?」
一人考える事が限界になり、高い場所にある小窓へと向け呼んでみれば
やはり豊原の警護に控えていたらしい刀弥が、何だと声だけを返してきた
呼べば常に其処に居てくれる様な気がして
実際に返ってきたその声に、豊原は安堵し肩を撫で下ろす
「……何でも、ない」
「そうか」
声をかけたものの話す事がなかったと口籠ってしまった豊原へ
刀弥は僅かに苦笑を洩らす
暫く互いの間に流れる無音の時間
また刀弥が苦笑を浮かべたような気配を感じたかと思えば
「……華巫女様」
徐に呼ぶ声が聞こえてくる
豊原が何かを返してやれば
「……一人で、思い悩むな」
「え?」
刀弥からのそれについ聞き返し
だが刀弥からはそれ以上ないがかえってくることもなく、唯彼の気配だけが其処にあった
一人ではない
その事が今の豊原をひどく安心させる
「……そだね。そうする」
唯今は自分がやれることをしよう、と
豊原は漸く張りつめていたものを全て解き、改めて湯へと浸かり直したのだった……

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