《MUMEI》

赤高ベンチ。



「すみませんでした…」



戻った千秋の第一声は謝罪だった。



「…ま、座りなよ。」



クロは自分の隣の席に千秋を座らせた。



※沖が渋々どいた。



「千秋さ?」



「…はい?」



「野球とか好き?」



「え…?」



自分が一体何を尋ねられているのか?


一瞬千秋はわからなくなった。



「はぁ…まぁ…」



適当に答えた。


関係のない話で気が紛れるような心境ではなかった。



「昔さ、父さんと1回だけプロの試合見に行ったことあってさ。」



「はぁ?」



「その試合、
僕と父さんが応援してたチームのピッチャーが1安打完封したんだよ。」



「い…いい試合見ましたね。」



「あはは。ま〜ね。」



「…」



「ふぅ…でさ?


その試合見た後、


どうなったと思う?」



「…何がですか?」



「僕と父さん。」



「え?さ…さぁ?
そのピッチャーにサイン貰った…とか?」



「い〜や。
サインは貰ったけどピッチャーにじゃない。」



「えぇ?じゃあ誰に?」



「そのピッチャーから1安打を打った相手チームのバッターからだよ。」



「?」



「そのバッターは9番でライト。


しかも普段は守備要員として途中出場する選手でヒット打ったことなんてそれまで見たことなかった。


さてさて。


…僕が何言いたいかわかる?」



「…さぁ?」



「…もうちょいで完全試合やりそうなくらい凄い選手にノーマークの選手が一泡吹かせる。


こんなカッコいいことちょっと他にはないと思わない?」



体が震えた。



「見せてやれよ。
今いる観客たちに凡人の意地ってやつを。」



恐怖じゃない。


これが、



「…はい。」



武者震いという名の戦意だ。

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