《MUMEI》
裸絵のモデル 1
「裸絵のモデル!」
編集部で栞里が叫んだ。
「そう。栞里にピッタシの仕事でしょ」
笑顔の大馬編集長を栞里は怖い顔で睨んだ。すでに信頼関係は揺らいでいる。
「何であたしが。ヤですよ」
「そういうワガママは言わないの」
「ワガママじゃありません。もっとまともな仕事はないんですか?」
大馬の顔が真顔に変わる。
「君は本当にわかってないねえ。世の中のニーズがあ」
「世の中のニーズじゃなくて編集長のニーズでしょ」
「ちっがーう!」大馬編集長はオーバーアクションで話し始めた。「そんなねえ、男の前で全裸になるのはへっちゃらよん、なんて女が行ったってエキサイティングな絵にならないでしょう」
「……」
「栞里みたいに下着姿見られたらアウトって子だからスリリングなんじゃーん」
「スリリングは関係ないでしょう?」栞里が口を尖らせる。
「編集長」未香子が加わる。
「何かな?」
「汗」
「夏だもんそりゃ汗かくでしょう」
「もしかして全裸が平気ってあたしのことですか?」
「まさかまさか、まさかり担いだサラリーマン」
「滑ってますよ」
「受けたさ」
誤魔化す編集長に呆れると、未香子は栞里に言った。
「栞里チャンが嫌なら、あたしがその仕事やってもいいわよ」
「いや、でも…」
「興味あるなあ、裸絵のモデル」未香子はセクシーな身のこなしでポーズを取った。「絶対恥ずかしいはずなのに芸術のために体張るわけでしょう。尊い仕事だと思わない?」
「はあ」
「そうそう」加勢を受けて大馬が調子に乗る。「尊い仕事を見下しちゃダメだよ」
「見下してなんかいませんよ!」栞里は目を剥いて怒った。
「ならやる?」
「取材はしますけど、裸にはなりませんよ」
「画家にモデルになりませんかって言われるかもよ」未香子が笑う。
「キッパリ断ります」
「栞里がやってみたいと思ったらやってもいいよ」
「やりません」栞里は大馬を睨んだ。
「あたしはやっちゃうかも」
「未香子さん」
困る顔の栞里に、編集長は名刺を渡した。
「しおりー。これが名刺だよ」
栞里は両手で名刺を持って名前を見たが、読めない。
「せん…せん…?」
「千変剥。せんぺんはぐだよ」
「せんぺんはぐ?」栞里は目を丸くした。「もちろん芸名ですよね。あれ、ペンネーム?」
「さあ。とにかく栞里。頑張って剥がされて来な」
「何か言いましたか?」
「独り言」
栞里は、目をそらす編集長を無言で睨んだ。

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