《MUMEI》
3
千変剥の自分を見る目が危ない。しかし怯むことなく栞里は質問を続けた。
「やっぱり、好みはありますか?」
「もちろんです。でもこれはあくまでもモデルとしての美しさです。芸術の美というのは、好きなタイプの女性とはまた違いますから」
「わかりますわかります」
栞里が同意の表情で頷くと、千変剥は笑顔で語りまくった。
「パッとその人を見て、ああ、この人を描きたいと直感が湧きますね。そう思う女性と巡り会えたらアタックしますね。とことん口説きますよ」
「なるほど。例えばどんなタイプの女性ですかね?」
「栞里さん」
「はい」
呼ばれたと思って返事をした栞里。しかし名前を呼んだわけではなかった。
「栞里さん」
「え?」
「単刀直入に言わないとわかりませんか。それとも、わかっててとぼけてるのかな?」
「はい?」焦る栞里。
「栞里さんを見た瞬間に思いましたよ。栞里さんを描きたいと」
「ああ…」栞里は笑顔が引きつる。「そう言っていただけるのは光栄ですね」
「光栄と思うなら僕のモデルになってください」真剣な眼差しで迫る男。
「あ、それは、すいません。できません」
「なぜです?」咎める視線。
「なぜって…」
「お願いします!」
「無理です無理です」栞里は両手を出した。
「お願いします!」
千変剥の切羽詰まった真剣さが怖い。栞里は赤い顔をして断った。
「いや、恥ずかしいですよ」
「ヤらしい気持ちなんて微塵もないですよ」
「いやあ…」
「栞里さん。僕がヤらしい気持ちで言ってると思ってます?」
「はい」即答。
「おおおおお!」千変は前のめりに倒れそうになりながら、両手を広げて片足立ちで粘り一言。「白鳥の湖!」
「はっ?」
「栞里さん」千変はついに栞里の両手を固く握った。
「ちょっと!」
「あなたを描かせてください」
「ヤです」
「ハッキリ言いますね」
「こういうことはキッパリ断ったほうがいいと思うから」
「最高に美しく描きます」
「お断りします。まず手を離してください」
千変剥は寂しい顔をすると、ゆっくり手を離し、ため息を吐いた。
「ふう。わかりました。諦めます」
「すいません」
沈んだ表情の千変は、いきなり目を輝かせながら栞里を見た。
「裸が恥ずかしいんですよね?」
「はい。だって全裸ですよね?」
「バスタオル一枚は?」
「ダメです」
「水着は?」
「ダメです」
「パジャマ?」
「帰ります」
「待ってください、待ってください」
慌てる千変剥を、栞里は怖い顔で睨んだ。

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