《MUMEI》
5
千変剥は、栞里を見たり、スケッチブックを見たりして、素早く目を動かしながらペンで手直しをしていく。
「いいねえ。これほど美しい裸体は見たことがない」
(裸体?)
栞里は少し気になった。
「栞里さん。ご両親に感謝しなくちゃね。顔も美人でかわいくて、スタイルも抜群で、正直君ほど魅力的な女の子は初めてだよ」
「見たいですね」栞里が笑顔で言った。
「何を?」
「今描いている絵です」
「ダメだよ」即答。
「なぜです?」
「裸になってくれた子なら見せるけどね」千変は書きながら話した。「栞里さんは服着たままだからダメ」
「何それ。モデルには見る権利があるんじゃないですか?」
「栞里さんにはないよ」千変は真顔で答えた。
栞里は怖い顔で睨む。千変剥は絵をながめながら話した。
「裸になるということは体張るわけだから、そういう勇気ある大胆な女の子には見る権利があるし、もちろんお金も取れる」
「あたしだって芸術のために協力してるじゃないですか」
「僕はプロだよ。ただで見れると思ったら…ちょっと何やってんの!」
いつの間にかベッドを下りた栞里が、いきなりスケッチブックを掴んだ。
「見せてください」
「乱暴はやめなさいっちゅーの」
「見せて」
「乱暴はやめなさいっちゅーの」
「見せなさい!」
栞里は強引にスケッチブックを奪った。やはり栞里は服を着ていない。絵の中の栞里は一糸まとわぬ姿にされていた。
「何ですかこれは!」
怒りの栞里。千変剥は顔面蒼白だ。
「いや、これは、その、つまり…」
「こんなことしていいと思ってるんですか?」
激しく迫る栞里に、千変は口を滑らせる。
「いいでしょ別に。カメラで裸を盗撮したわけじゃないんだから」
「開き直るな!」
栞里はスケッチブックから自分の絵をビリっと剥ぎ取る。
「何してんの画家の命のスケッチブックを!」
「何が命ですか、こんな卑怯なことして!」
「君は今、ミュージシャンの前でギターを床に叩きつけてるのと同じ行為をしてるのだよ」
目を丸くして絵を奪い返そうとする千変。しかし栞里は聞かない。
「画家画家言うならこんなヤらしいことはやめなさい!」
栞里は自分の裸絵を四つ折りにすると、バッグの中に入れた。
「ちょっとたんま!」
「ダメです。出品でもされたら困りますからね」
帰ろうとする栞里を見て、千変剥は慌てて止めた。
「待ってください栞里さん」
「気安く名前を呼ばないでください」
「絵はあげるから、どうか許してこの通り」
さすがに土下座されると弱い。栞里も正座して言った。
「わかりました、顔を上げてください」
「気分を直してください栞里さん。このまま帰られたんでは後味が悪過ぎます」
「わかりましたからイスにすわってください」
優しい栞里に感動した千変は、キッチンに立った。
「じゃあ、アイスコーヒーでも飲んで芸術を語り合いましょう」
すぐに満面笑顔になる千変剥を、栞里は呆れ顔で見た。

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