《MUMEI》
SM作家 1
「しおりー」
編集部で大馬編集長が声をかける。
「はい」
「どうしたのう、浮かない顔してー」大馬はまたオーバーアクションで語る。「編集者はもっとテンション上げなきゃ、テンションをー」
「仕事ですか?」
「そんな意気消沈してる子には任せられないね」
「そうですか」栞里は背を向けてデスクに戻ろうとする。
「ちょいちょいちょい待ち」
編集長に呼ばれて栞里は振り返る。
「今度はまともな仕事だよ。何しろ作家にインタビューする仕事だから」
「作家?」栞里は少し興味を持った。
「名前は夜月実」
「やづき、みのる、さん」
「そう。夜月実にインタビューして、もしかしたらシリーズ化できるかもしれないよ」
「シリーズ?」栞里の顔が明るく輝いた。
「電話でね。もうインタビューは快くOKしてくれたし、語りたいことがたくさんあるからって、シリーズ化を希望しているんだ」
栞里はますます身を乗り出した。
「え、夜月さんのほうがシリーズ化を希望しているんですか?」
「そうよー」大馬が相変わらず怪しい笑顔。「だから栞里もやる気満々じゃないと相手に失礼でしょう」
「はい」
「夜月実?」堀未香子が首をかしげた。「どっかで聞いたことがある名前だけど」
「あたしは初めて聞く名前ですけど、有名なんですか?」栞里が編集長に聞いた。
「界隈では有名よ」
「界隈?」
「そう。一部の界隈。まあ、陸では知られてないけど海では有名な海賊ってところかな。ハハハ、ハハハ」
編集長の乾いた笑いが気になる。雲行きが怪しくなってきた。自然に栞里の顔も曇る。
「最近頭角を表してきた作家だよ。売れ出してからまだ1年も経ってないかな」
「編集長は知ってたんですか?」
「愛読者だから」
「あ、そういう繋がりですか」栞里は納得の表情。「で、夜月実さんはどんなジャンルで書いてるんですか?」
「SMだよ」あっさり言った。
「はい?」
「SM」
「SF作家ですか」
「現実を直視しなさい栞里。SM小説だよ」
栞里は怖い顔で笑顔の編集長を睨んだ。何百回目か。
「何であたしが!」
「何が?」
「何であたしがSM作家の取材なんかしなきゃいけないんですか?」
栞里がそう言うと、大馬は目を丸くして驚いた。
「あれ、もしかして栞里、まさかまさか、嘘」
「何ですか!」栞里が絡む。
「SMのことバカにしてるんだ?」
栞里はやや慌てた。
「別にバカになんかしてませんよ」
「SMを軽蔑してるでしょ?」怪しい笑顔。
「してませんよ!」
「偏見はよくないねえ、しおりー」
揚げ足を取る編集長に、栞里は困った。

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