《MUMEI》

刀弥を抱きしめたまま何とか後ずさる事を始めていた
「……無駄な事を」
酷く恐ろしく映る嘲笑を向けられ
それでも豊原は何とか現状を打破しようと後ずさる事を続ける
田注、刀弥の呻く様な声が聞こえ
「……俺の、事は捨て置いてくれて構わない。華巫女様」
だから逃げろ、との刀弥へ首を横へと振りそれを拒む
どうすればいいのか、自分は今何をするべきなのか
ソレを短い一瞬の内に考え、そして
「……お願い。もう、もう止めさせて!!あんた達だって、こんな事続けたくなんてないでしょ!?」
桜木へと、怒鳴るような声を向けていた
その豊原の声に応えるかの様に、何処からか桜の花弁が舞い始める
気の全てが燃えてしまっているそこで、一体何処から降ってくるのか
周りを見てみれば
目の前へ、白い影が二つ現れた
同じ顔・姿が並び
だが一方はその身体が火傷で酷く傷ついている
「……もう、止めよ。こんなの、お互いに辛いだけだもん」
ゆるりその二つの影へと手を伸ばし
触れる事が出来たその小さな身体を抱いてやった
何度も、何度も言って聞かせれば
その二つの影は一方は首を横へと振り、だが一方は頷きながら手を豊原へと差し出してきた
その手には、薄紅の刃の短刀
ソレを、豊原へと渡してくる
「……これは?」
『これは、華太刀。花同士の縁を断つ刀』
握らされたソレは手の平におさまってしまう程に小さく
だが酷く重みを感じた
「……全てを、終わらせる重みなんだ」
ソレが今自身の手の中にある、その意味を考え
全てを終わらせるというその重責に、耐えられなくなってしまう
「……どう、すればいいの?私、わからな――!」
その小刀を抱きしめたまま膝を崩してしまう豊原
戦のさなかである事もすっかり忘れ、顔を伏せ声を上げて泣いた
その豊原の頬へ、不意に触れてくる温もり
そちらへと向き直って見れば
「刀弥……」
「ひと、りで、悩む、な」
心身ともに疲弊し、倒れていた筈の刀弥の姿がすぐ傍にあった
身を起こしているのもやっとだろう刀弥は
だが豊原へと向け、それ以上ない程に柔らかな笑みを浮かべて見せる
一人ではないのだと、以前にも言ってやった言葉をまた耳元に告げてやれば
豊原は、だが首を横へ
「でも……!」
何も出来ない、それだけが歯痒いのだと泣き喚いた
次の瞬間
その声にまるで呼応するかの様に
持っていた華太刀から更に花弁が、待って現れた
「何、これ……」
最初は僅かに、そして段々と多く
降り積もっていく花弁が全てを覆い尽くしていった
淡い彩りに誰しもが見とれていると
一人の兵士が、遠方より走ってくるのが見えた
「久弥様!!」
「何だ?」
脚元に片膝を着く兵士
そして耳打ちされる報告に、僅かに眼を見開くと
全ての兵へ、撤退する旨を唐突に伝える
「な、何……?一体、どしたの?」
一斉に退き始めたそれらに
一体何があったのか驚いて見れば
影が僅かに笑う声を洩らす
『……華巫女の、おかげ。漸く二つの桜は違う事が出来た』
「え?」
『二つに桜木は、天秤。一方が栄えれば一方は衰退する。その歪んだ在り方を、あなたのソレが断ち切ってくれた』
「……この小太刀が?」
『そう。ほら、見て』
指が差したその先を見やれば
未だ降り積もる花弁の奥、一層美しい薄紅を豊原は見た
満開の神木
始めてみるその様に驚き、また向いて直れば
『……向こうの桜は欲が強すぎた。繁栄を求め過ぎたが為にこちらの全てを奪おうとした』
あの濃い朱はその結果なのだとの影
だが今までにない微笑みを浮かべながら
『華巫女のお陰で、全てが元に戻った。互いが干渉しあう事無く、そこにある事が出来る』
「あの桜は?」
見るに恐ろしさを覚えてしまう程の濃い朱
アレはどうなったのかが無性に気に掛ったらしい豊原へ
影は頷いて返す
『……あの桜も、元に、戻ったから」
見に行ってみるか、と手が差し出される
だが豊原はその手を取る事はなく、傍らで片膝をつく刀弥の傍ら
「……元に戻ったんなら、いい。今は刀弥を――」
「大苦労、だったな。華巫女殿、刀弥」
何とかその身を支えてやり、比較的損傷の少ない離れへと連れて行こうとした矢先

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