《MUMEI》
3
「喋ってるよ」大馬編集長は嬉しそうに言う。「これがイングリッシュ! に聴こえる、ねえ?」
「とにかく! あたしはSMには興味ありませんから」
「栞里チャンが断るなら、そのシリーズあたしがもらっちゃおうかなあ」
やや顔を紅潮させて未香子が言う。栞里は焦った。
「未香子さん…」
「オイシイ仕事だと思うけどな。相手の作家さんがシリーズ化を希望してるなんて」
「でも、読者の反応が弱ければ続けられませんよ」
「栞里チャンみたいな若い女の子がSM作家とSM談義。受けるに決まってるじゃない」
「バカ受け」大馬が口を挟む。
「受けますかねえ?」
「SMに興味ある女性は多いわよ」未香子がデスクから立ち上がり、話に加わった。「口には出さないだけで、実際に手足縛られて無抵抗って、どんな感じかなって」
「そうそう」大馬が怪しい笑顔。
「そうですかねえ?」
まだ納得行かない表情の栞里に、未香子が言った。
「あたしも興味あるな、SM」
「嘘」栞里が驚く。
「本当!」
「編集長には聞いていません!」栞里がブロックした。
「何てことを」
未香子は色っぽい顔をして話を続けた。
「だって、裸で手足縛られて無抵抗だよ。これはメチャクチャ怖いでしょう。よほどパートナーとの信頼関係ができてないと危険でしょう」
「信頼関係が強固過ぎてもスリルは半減するよ」
「セクハラ」
睨む栞里に編集長が反論した。
「今のは違う、打ち合わせでしょう?」
「何がスリルですか!」
「だって僕がパートナーだったらスリル満点でしょう?」
大馬編集長の暴走に栞里は怒り、未香子は笑った。
「とにかく、栞里チャンが蹴るならあたしがもらうわ。全く経験のない未知の世界を覗くことも、編集者としてはプラスだから」
「人生にとってもプラスでしょう!」大馬が力説した。
「編集長」未香子がセクシーな仕草でおなかに手を当てる。「あたしなら、実演対談もOKですよ」
「実演って?」栞里が心配顔で聞いた。
「夜月さんに、縛られてみるって言われたら、絶対変なことしないと約束してくれるならって、身を任せちゃう」
「ダメですよ!」
栞里が真っ赤な顔で反対したが、編集長は満面笑顔だ。
「ミカコー。今夜飲みに行こう」
「ちょっと黙っててください」
「ちっがーう! 居酒屋で打ち合わせ。栞里も文句ばっかり言ってないで、未香子のはい喜んで精神を見習わなきゃあ」
栞里はムッとしたが、キッパリ言った。
「わかりました。あたしがやります」
「嘘!」大馬は歓喜の眼差し。
「未香子さんにそんな危険な仕事はさせられません」
「よし決まり。夜月先生も喜ぶよ。Sは基本的にスレてない子が好きだから」
「悪かったですね、スレてなくて」
栞里が口を尖らせると、未香子も小声で呟いた。
「悪かったですね、スレてて」
「あれ、Wセクハラ?」
未香子がデスクに戻る。大馬は声を落として言った。
「栞里。夜月さんが縛るって言ったら断り続けるんだよ。Sはやめてくださいっていう女の子に燃えるんだから」
「知りません!」

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