《MUMEI》
4
栞里はスーツを着て単身、夜月実のマンションへ向かった。
薄着ではなく、少しでも露出度の少ない服装で行こうと栞里は考えた。
刺激してはいけない。相手はSM作家。彼女は狼かハイエナのような人間を想像した。
「ふう…」
栞里は道々変なことが頭をよぎる。

「やめて!」
ベッドに裸で、両手両足を大の字に拘束されてしまった栞里。
「お願い、やめて!」
「デヘヘヘヘヘ」
夜月実の顔を知らないので、栞里は、セクハラマッサージ師の刃山狩朗や、変態画家の千変剥の顔を思い浮かべた。
「栞里チャン。捕まっちゃったね」千変が鞭を持って迫る。
「やめて!」もがく栞里。
「やめないよ」刃山が真顔でローソクを傾ける。「やめるわけないじゃん」
「やめて!」
真っ赤な顔で暴れる栞里。そこへ大馬編集長が現れた。怪しい笑顔だ。
「しおりー!」
「きゃあああ!」

「ないないないないない!」
栞里は激しく頭を左右に振って映像を打ち消した。
「不吉な想像をするのはやめよう。映像が現実化したら大変だ」

ピンポーン。
なかなか高級そうなマンションだ。栞里はチャイムを押して待った。
「はい?」
「危ノーマル編集部の細矢栞里です」
「お待ちしていました」
ドアが開いた。紳士的な男性が顔を出した。黒のシックな服装で渋く決めた長身の夜月実。イメージとは違った。
「初めまして。細矢栞里です」
「夜月実です。ようこそ」夜月は上品な笑みを浮かべると、穏やかに話した。「編集長から詳細は聞いています。場所はどこにしますか?」
「あ…」
「私は一人暮らしですから、ファミレスに行きましょう」
「ファミレス?」栞里は顔を紅潮させて夜月を見つめた。
「仕事とはいえ、男性一人暮らしの部屋に上がるのは感心しません。細矢さんも、男性とはなるべく部屋で二人きりにならないように工夫したほうがいいですよ」
「はい!」
栞里は歓喜の笑顔で返事した。飢えたハイエナを想像していたので、このギャップにギブアップしそうだった。
女性はギャップに弱いというのは本当かもしれない。紳士的な振る舞いの夜月実を、栞里はすっかり信用してしまった。

「では行きましょうか」
「はい」
夜月はドアを閉めて鍵をかけると、熱い眼差しで栞里を見た。
「特にあなたのような魅力的な女性は、人一倍気をつけないとダメですよ」
「そんなこと…」
「男は満月の夜じゃなくても、狼に変身しますから」

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