《MUMEI》 5栞里と夜月はファミリーレストランに入った。 二人はウエートレスに案内され、窓際の禁煙席にすわった。 「夜月先生はタバコは吸わないんですか?」 「二十歳でやめたんですよ」 「ハハハ、ダメじゃないですか」 栞里のキュートなスマイルにつられ、夜月実も明るく笑った。 軽食とドリンクバーを注文し、栞里はアイスコーヒーを、夜月はアイスティーを入れて席に戻る。 栞里はさりげなく取材を始めた。 「お会いする前に夜月先生の作品を読もうと思ったんですけど…」 「先生はよしましょう」夜月は笑顔で言った。「先生とは尊敬する恩師を呼ぶときの敬称です。作家や政治家はさん付けでいいんですよ」 「あ、でも…」 「医者の場合はほら、さん付けにしてムッとされたら困るから先生って呼ぶけど」 「アハハハ」 栞里が白い歯を見せて笑った。夜月は彼女に魅了されていた。 「じゃあ、夜月さんとお呼びすればいいですか?」 「そんな敬語使わなくても大丈夫ですよ。フレンドリーな会話のほうが好きです」 「夜月さんだって敬語じゃないですかあ」栞里がニコニコしながら言った。 「私の場合は自分を抑えるためにわざと紳士的に振る舞っているんです」 「え?」 「作品が鬼畜で喋り方も乱暴だったら、だれも近づかないじゃないですか」 栞里の顔から笑みが消えた。 「鬼畜?」 「小説を書くとき。そしてプレイするときは本領を発揮します。たいがいのSM作家は願望や想像を書くだけですが、私の場合は本当にSMプレイをしている本物のSですから、微妙にその差は作品に出ますよ」 栞里は早くも硬直した。とりあえずアイスコーヒーをストローで飲みほす。 「ちょっと行って来ますね」栞里は笑顔で空になったグラスを持った。 「どうぞ」 栞里はエスケープ。まず深呼吸。大馬編集長の笑顔が浮かぶ。 テーブルに戻った栞里は、すぐに喋り出した。 「あたしが夜月さんの作品を読もうと思ったら編集長が止めるんですよ。頭の中真っ白のまま会ったほうがいいって」 「ほう」 「でも今思うと、読んだらあたしが怯むと思ったんですかね?」 笑う栞里。夜月は穏やかな口調で答えた。 「なるほど。確かに私が書く悪役は欲望の獣です。私自身、自分を抑えないと日常生活はやっていけない。本領発揮したら即逮捕ですよ」 「またまたあ」栞里は笑いながら焦った。 「紳士的に振る舞って女性を油断させる狼男もいますから、騙されてはダメですよ」 「はあ…」 栞里は額の汗に困ったが、取材を続けた。 「あたし、正直に言いますと、SMに対して良いイメージを持っていないんです。編集長はだからあたしを選んだって言うんですけど」 夜月実の表情がやや動いた。 「編集長は芸術的なセンスの持ち主ですね」 「いえいえ。ただのセクハラ編集長です……あ、すいません」 「ハハハ。ボスを悪者にするのは昔ながらの手法ですね」 「手法じゃないです。本当に変態なんで毎日困ってます」 栞里は調子に乗った。夜月も対話を楽しんでいた。 前へ |次へ |
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