《MUMEI》

 真夜中、天井を何かがゆるり歩くその物音に豊原は眼を覚ましていた
ネズミにしては足音が大きい、と
とこからゆるり身を起こした豊原は訝しみ、用心にゆっくりと襖を開く
「……月が、綺麗だぞ。華巫女様」
ソレを見計らった様に現れた人の影
突然のソレに豊原は驚き、声を上げてしまいそうになったが
言葉通り、美しく降る月明かりがソレが誰なのかを教えてくれた
「刀弥……?」
「どうした?」
身体中に晒しが巻かれ、その至る所が血で赤く染まってしまっている
見るに痛々しい姿に、豊原は無意識に眼尻に涙を浮かべ
突然のソレに、流石の刀弥も動揺し始めていた
「は、華巫女様!?」
「……った」
「え?」
「……すっごく恐かった!刀弥、全然、目覚まさなかったから、私――!!」
声を上げ、泣き始めてしまう豊原
子供の様に泣きじゃくるその様に、刀弥が身体を抱いてくる
「……桜を、見に行ってみるか」
落ち着かせてやる為、背をゆるり撫でてやりながらのソレに
豊原は暫く泣いたままの後、そして頷いた
アレからどうなったのか
知っておく義務が自分にある様な気がしたからだ
「行こ、刀弥」
刀弥の手を取ると、豊原は部屋を飛び出す
桜木の処まで到着した頃には、豊原はすっかり息が切れてしまっていた
「……華巫女様、上を」
全く息を切らしていない刀弥
豊原が落ち着くのを暫く待ってから上を指差す
指先を追った、その先に
豊原は一面の薄紅を見た
「花が、咲いてる……」
「ああ。華巫女様の、おかげだ」
視界から溢れんばかりのソレについ声を漏らせば
刀弥に背後から抱かれた
暫く互いに動かず、ぞのままで居ると
舞う花の中に、うっすらと人の影を見た
『……華巫女。もう、全て終わった』
段々とはっきり見えてくる姿
問うてくるその声に
「そだね」
豊原は短く、それだけを答えながら
『今、華巫女は、何を望む?元の世界に帰る事?』
問われた事に即答してやる事が出来なかった
確かに最初はその為だった
だが今は、離れがたいとさえ、思ってしまう自分が此処に居る
「……でも、帰らなきゃだよね」
我がままなど言って、彼を困らせたくはないと
豊原は刀弥の方を向いて直った
「私、今度こそちゃんと帰るよ。元の、世界に」
「華巫女様……」
「……刀弥。最後くらい、ちゃんと呼んでよ。加奈って」
それ位ならいいだろう、と無理矢理に笑みを浮かべて見せれば
刀弥は困った様な笑みを浮かべてやりながら
「……加奈」
名前だけを口にした
それ以外、何を言う事もなかったが豊原はそれだけで満足だった
「……ありがと」
その短い一言に、様々な想いを込めながら
豊原は舞いあがった花風に身を委ねた
自身がこの世界から消えてしまう瞬間
刀やが手を伸ばし、何かを言い掛けていたが
ソレをはっきりと聞く事は豊原には出来なかった……

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