《MUMEI》
6
「SMは変態プレイだと思いますか?」
夜月実が逆に質問してきた。栞里はやや緊張した顔になる。
「思いません」
「正直に」
「あたしは、人の趣味のことを批判するつもりはありません。でも、あたしが一目置いている先輩の女性がですねえ。SMに興味あるって言ったから、ちょっと考え方が変わりましたね」
「ほう」夜月の表情が動く。
「SMに興味を持っている女性がたくさんいるっていうのは、本当ですか?」
「ネットの影響でしょうね」
「ネット?」
夜月は乗ってきた。
「はい。今ほどインターネットが普及していない時代では、レンタルビデオ店で作品を借りて見たり、あるいは書店でヤバイ本を買うわけです」
「はい」赤面する栞里。
「だから女性の目にSMが触れることはまずなかった。女性はそういう作品をレジに持って行けないでしょう?」
「無理です無理です」栞里は全身で答えた。
「しかしネットなら無料で動画を見れるし、Web小説も読めます。つまり、女性もその気になれば、いつでもSM作品を見ることができる」
「はあ…」
栞里の顔が曇る。夜月は栞里の様子を見ながら話の強弱を調整した。
「最初が肝心です。初めてSMに触れるときに、汚い下品で露骨な画像でも見てしまったら、もうアウトです。SMと聞いただけで拒絶反応を示すでしょう」
「はい」栞里は顔をしかめた。
「逆にいちばん最初に見た作品が、美を重んじたソフトなものだったらどうでしょう。芸術作品としてしっかり創作されていて、ストーリー性の高いものであれば、ジャンルはSMでも引き込まれるかもしれません」
「…美?」
目を丸くして首をかしげる栞里。夜月は一瞬犯したくなったが、アイスティーを飲んで呼吸を整えた。
「私も芸術的な美を重視します。内容がSMだからこそ、文章も美しく、気品に満ち、下品な言葉や露骨な表現をなるべく使わないようにする。それだけでかなり違います」
「へえ」栞里は笑顔になった。
「栞里さんとお呼びしてもいいですか?」
「全然構いません」栞里は爽やかな笑顔で答えた。
「栞里さんともう少し信頼関係ができれば、私の部屋の奥にあるプレイルームをお見せしますよ」
「プレイルーム?」また笑顔が消える栞里。
「はい」
「見てみたいですね」
「見ますか?」
「あ、いや…」
汗をかいて慌てる栞里。夜月は明るく笑った。
「怖いですか?」
「もちろん夜月さんのことは信用していますよ。きょう、いろいろとお話を聴いて、しっかりした考え方を持っている方だと」
「1時間喋っただけで信用しちゃうんですか?」
「まあ、はい」
栞里は言ったあと顔を紅潮させた。その美しい表情に、夜月は見とれた。
「じゃあ、今度来たときプレイルームをお見せしましょう。そのほうが深みのある取材になるでしょう」
「さすがは作家さん。こちらのことも気遣っていただいて」
「違いますよ。少しでも女性たちがSMへの好奇心を強くすれば、都合がいいからです」
「はあ…」栞里は少し焦った。

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