《MUMEI》
美しき獲物 1
「素晴らしい! しおりー。最高サイタロー!」
大馬編集長は、栞里のまとめた文章を読んで大満足だ。
「最後のサイタローはいらないと思いますよ」栞里も笑顔で言う。
「いやあ。まさかここまでやるとはねえ」
「まだ本題に入っていないのにそこまで誉められると照れますよ」
感嘆しきりの編集長に笑みがこぼれる栞里。大馬は言葉を惜しまない。
「序曲が大事なんじゃん栞里。イントロ聴いて何かが始まると思わせるベートーベンの音楽のような」
「そこまで言うとねえ」未香子が笑う。
「まあ、栞里なら夜月さんに気に入ってもらえると思ったけどね」
「何でですか?」
赤面しながら聞く栞里に、大馬は満面笑顔で答えた。
「答えを知ってるくせに言わせようとするハイテクニック!」
「はい?」栞里が笑みを消す。
「にくいね」
「夜月さんはとても紳士的な方でした。相手を見て態度を変えるような人ではないですよ」
「紳士の皮を被った狼かもよ」未香子がからかう。
「またそういうこと言う。大丈夫ですよ、気をつけますから」
「あたしが一緒に行ってあげようか?」
「ダメよー!」大馬が全身で反対した。「二人きりだからいいんでしょう、そのドキドキ感があ。本当にわかってないねえ、時代の趨勢が」
「すうせい?」未香子は呆れ顔で笑った。「さすがは大切な女子社員を危地に送る編集長」
「何か言ったミカコー?」
「独り言です」
「大丈夫ですよ未香子さん」栞里は真顔で言った。「夜月さんは本当にいい人ですから」
「素晴らしい」大馬が首を左右に振る。
「あたしだって男の人を見る目はあります。話しててわかりますよ。頭のいい、優しい方だって」
未香子も笑みを浮かべて首を左右に振ると、デスクに戻った。

昼休み。編集部で栞里と未香子はテレビのニュースを見ていた。
『深夜2時頃、22歳のOLの部屋に覆面を被った男が侵入しました。被害者は手足を縛られましたが、猥褻な行為は受けておらず、怪我はないとのことです。犯人はものも盗らず、会話しただけで被害者をほどいて逃走しました。犯人はまだ見つかっていません』
「犯人捕まってないのかあ」未香子が言った。
「やだ、ここ夜月さんのマンションの近くだ」
「嘘」未香子は心配した。「栞里、気をつけなよ」
「気をつけます」
栞里は不安な顔色で取材に出かけた。

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