《MUMEI》
3
栞里は顔を紅潮させて言った。
「あたしには、ちょっと考えられない世界ですね」
「栞里さん」
「はい」
夜月は真顔であっさり言った。
「拘束されてみます?」
「え!」
栞里は目を丸くして夜月を直視した。
「いえいえいえ、あたしにそんな度胸はありませんよ」
「服着たままでいいですから」
「そういう問題じゃなく…」栞里は慌てふためいた。
「指一本触れません」
「いやあ…」栞里は大きく首をかしげた。「夜月さんなら大丈夫だとは思いますけど、やっぱり怖いですよ」
「怖いということは信用してるというのは嘘ですね」
夜月が迫る。栞里は胸のドキドキが止まらない。
「夜月さん、きょうは勘弁してください」
栞里は弱気な顔で両手を合わせた。男はこのポーズに弱いが、Sには危険。サディスティックな興奮を刺激する禁断のポーズでもある。
「断るのが正解ですね」夜月は笑った。「もしも手足を拘束されて無抵抗にされた途端に、突然狼に豹変されたらアウトですからね」
「怖過ぎる!」栞里は伸び上がるようにしておなかに手を当てた。
「栞里さんが正解です。ナンパされてSMプレイなんて考えられない。初対面なわけだから危険過ぎる」
「あたしは初対面じゃなくても無理そう」
「まあ、Mの子はそのギリギリのドキドキ感を楽しむんです。ギャンブラーが金よりもスリルを味わうのが目的なのと似ています」
栞里はプロ根性が働き、質問した。
「それはどういう意味ですか?」
「相手が彼氏や旦那なら安全じゃないですか。例え内容がハードでもライトSMですよ」
栞里は真剣に聞いた。意味は半分しかわからないかもしれない。
「でも、もしこれが恋人同士ではない、間違いを起こしてはいけない相手なら」
そこまで言うと、夜月は栞里を熱い眼差しで見つめた。
「例えばの話、栞里さんが寝ている間にパジャマ姿で手足を縛られてしまって、僕がいたらどうします?」
栞里は笑った。
「ほどいてくださいとお願いします」
「じゃあ、見知ら男が立ってたら?」
「ヤダそんなの」
想像力豊かな彼女は顔を歪めた。
「ハードかソフトかはパートナーによって変わります。だからハードなプレイを望むMの女の子は、危険な相手を好むんです。相手が危険ならそれだけスリリングだから。推奨はしませんけど」
栞里は自然に胸の鼓動が高鳴る。
「栞里さん。危ないギャンブラーも、負けたら身の破滅という危険な賭けに身を置いて、スリルを楽しむそうです」
「全く理解できない生き方ですね」栞里は力説した。「自分を大切にできない人は嫌いです」
「ハハハ。栞里さんが正しい」
「SMとひと口に言っても幅広いんですね」
「理屈じゃわかりません。女の子なら手足を縛られてみないと」
「遠慮しときます」栞里は笑った。

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