《MUMEI》
4
驚きと緊張の中にいる栞里をよそに、夜月は涼しい顔で説明を続けた。
「同じSM愛好家同士でも不一致は起こります」
「不一致?」
「男はハードなプレイを望んでいるのに女は目隠しをする程度のソフトなもので十分と思っている場合、合わないでしょう」
栞里は納得していない表情を浮かべ、首をかしげて見せた。
「それって恋愛じゃないような気がしますね」
「ハハハ」
「おかしいですか?」栞里が鋭く反応する。「子どもの意見かもしれませんけど」
「いえいえ。意見に大人も子どももないです。まあ、Sがリードすればいいんですよ」
「リード?」
夜月は笑顔で語った。
「例えば栞里さんみたいにSMプレイに興味のない女の子を口説くとしたら…」
「あたしは諦めてください。絶対縛らせませんから」栞里はピシャリと言った。
「だから例えばです。例えば栞里さんみたいな全くその気のない女の子でも、魔法をかけて禁断の扉を開けさせることに成功すれば、拘束プレイの快感を体感させられる」
「無理ですね」栞里は笑った。「拘束されても拒絶反応起こすから、快感なんて湧きません」
「何で経験ないことを断言できるんですか?」
夜月に真顔で言われ、栞里は焦った。
「まあ、それはそうなんですけど」
「それに栞里さんは取材でここに来ている。それなのに話を聞くだけであとは想像だけで記事を書くつもりですか?」
栞里は無言のまま真っすぐ夜月を見た。
「栞里さんには、非日常のスリルを体感させたいですね」
「非日常?」
「だって、両手両足を大の字に拘束されて無抵抗。自力じゃ外せない。相手にほどいてもらわない限り絶対服従。こんなこと、日常生活じゃ絶対ないでしょう?」
「あったら困りますよ」栞里は夜月を睨んだ。
「服着たままでもかなりの緊張感を味わえます。これが水着や下着、あるいはバスタオル一枚だったら最高級にスリリングです」
「絶対無理」栞里の笑顔が引きつる。
「でも相手が彼氏や旦那のように、もうしちゃった相手だと、全裸でも緊張感は薄い。相手が間違いを起こしちゃいけない相手だと怖い。スリル満点です」
立て板に水だ。栞里は呆れながら感心した。
「栞里さん。片思いなんか最高のシチュエーションですね」
「片思い?」
「バスタオル一枚で手足を縛られて、栞里さんはその気はなくても、相手が栞里さんを大好きで君を狙っている男だったら、究極のハラハラドキドキを味わえますよ」
笑顔で力説。栞里は身の危険を感じ、おなかに手を当てた。
「さっきのナンパの話と矛盾してませんか?」
「ハハハ。栞里さんみたいな頭のいい女性と会話するのは楽しいです」
栞里は想像して怯んだ。水着やバスタオル一枚の姿で手足を縛られて夜月に迫られる。
「女の子がやめてって言ったらやめなきゃダメですよ」
「大丈夫。縛るだけで何もしませんから」
「そんなこと信じられませんね」
「ハハハ」

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