《MUMEI》
ハードSM 1
栞里は、きょうも夜月実のマンションへ行く。足取りが軽い自分に驚く。
肉食動物のように迫って来る緊張感は決して悪いものではない。
少し怖いが襲うチャンスはいくらでもあったはず。そこは分別がついている紳士だと、栞里は夜月のことを信じていた。
つまり絶対安全保証付きのスリルを味わえる。これはめったにない経験だ。
栞里は夜月の部屋に入り、酒を勧められたが断り、アイスコーヒーを飲みながら談笑した。
「これだけ危ない事件が多発し、ストーカー事件もあとを絶ちません。栞里さんはとびきりにかわいいから、人一倍気をつけてください」
「はい」
結構ドキッと来ることをさりげなく言う。栞里は思わず笑みがこぼれた。
「識者というのは、自分は安全地帯にいながら、性犯罪は増えていないとか言うんです」夜月が熱っぽく語った。「でも女性の本音は性犯罪なんか一件もあっちゃいけないと思っているでしょう」
「はい」栞里は身を乗り出した。「男性でそういう意見を言う人は信用できます」
「ダメですよ信用しちゃ」夜月が笑った。
「え?」
「これが栞里さんを油断させる作戦だったらどうします?」
「そうなんですか?」栞里は笑顔で聞いた。
夜月はゆっくり立ち上がると、栞里を見つめた。
「プレイルームで話しましょうか?」
「変なことしたらダメですよ」
「栞里さん。そう言うと変なことされるのを期待しているようにも聞こえますよ」
「アハハ」栞里は笑いで返した。「危ない話になってきましたね」
「もっと危なくなりますよ」
アイスコーヒーを飲みほした栞里は、二つのグラスを洗った。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
「さっとそういう行動に出る女性に男は弱いです」
「そうなんですか?」栞里はニコニコした。「あ、でもグラス洗ってお礼を言ってくれる男性はポイント高いですよ」
「当たり前のことです」
夜月のメリハリが栞里を翻弄する。振る舞いは紳士的で語る内容が鬼畜では、怖さが倍増する。
もしも夜月実が豹変したら、日頃丁寧な分恐怖は浮き彫りにされる。
「栞里さん」
「はい」
「ここ来て話しませんか?」
夜月はベッドに腰をかけると、自分の隣を軽く叩いた。
「ええ?」
栞里は笑う。無謀だろうか。しかし今までの流れからして、いきなり押し倒すことはないと彼女は踏んだ。
「では」
栞里が隣にすわる。いつもシャツにジーパンのラフな格好。さすがにショートスカートでは来ない。
「SMプレイの目的は、ノーマルでは体感できないスリルと興奮を味わうためです」
直球。
「栞里さん。きょうは下着姿になって、手足を縛られてみませんか?」
「何言ってるんですか?」栞里は目が泳いだ。「断るに決まってるじゃないですか」
「今胸ドキドキしてます?」夜月が笑う。
栞里は高鳴る胸を押さえた。
「悪い人ですね」

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