《MUMEI》

「ちょっと待ってね…あっ、子供用のスプーンってドコですかね?」
「それなら…ベビー用品だな」

くるみちゃんにいつも大人用の大きなスプーンでヨーグルトを食べさせていて、小さな口にいっぱい広げて食べにくそうにしていたので克哉さんに子供用品が売っている所を教えてもらった。

「あーん、おりぇ赤ちゃんじゃないのぉ〜もうお兄ちゃんなのぉι」

くるみちゃんは半泣きでイヤイヤしながら僕の足にしっかりとしがみついてきた。

「そ…そうだね、う〜ん」

そうは言っても大人用の食器では何かと不便だし、と思っていると手前にあった食器コーナーに目が行った。

「…じゃあココにある木のスプーンにしようかな?」

そう言って端の方にあった木で出来た小さなティースプーンを手に取ってみせると、くるみちゃんは満足そうにニコーッと笑ってそれを手に取ってパクッと口の中に入れてしまった。


「どうしたんだアキラ…疲れたのか?」
「…えっ///」

ちょっと考え事をしていた姿が疲れていたように見えたのか、克哉さんが心配そうに僕の顔を覗き込んできていた。

「あっ…あの…何でもないです///」

疲れたというワケではなく、あのアパートに引っ越してきた時の事をぼんやりと思い出していただけだった。

こっちに来るときに解約してきた部屋の大家さんに、この部屋を借りてくれた人の事を聞こうと思ったけど結局聞かなかった。

それは、きっと兄さんだったから…。

僕が家を飛び出してから、一度も兄さんと会った事はなかった。

だけど、何となく分かる。

僕がシンプルな食器が好きだとか、僕の好きな色が何色かとか、植物を育てるのが好きだからベランダが広い方がいい…とか。

それをぜんぶ知っているのは兄さんだけだ、と直感的にそう思ったから。

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