《MUMEI》
2
未香子は、栞里に負けまいと一生懸命仕事に取り組んでいた。
「ん?」
しかし、過去の変わった性犯罪を調べていくうちに、とんでもない名前に出くわした。
「ヤ…ヅ…キ…え?」
未香子は身を乗り出してパソコンの画面に見入る。
「夜月実……」

栞里が夜月実のマンションへ向かう途中、携帯電話が振動した。
「未香子さん?」栞里は電話に出た。「はい」
『今どこ?』切迫した声。
「どこって、夜月さんのマンションの近くです」
『良かった、まだ入ってないわね』
「はい?」
いつもと様子が違う。
「何ですか?」
『きょうは取材には行かないで』
「何言ってるんですか」栞里は笑った。「キャンセルなんかできませんよ」
『いいから断って。大事な話があるの』
栞里は真顔になるとキッパリ言った。
「いくら未香子さんの頼みでもそれは無理です」
『お願いだから栞里チャン。あたしの言うことを聞いて』
イライラした感じの未香子の喋り方。栞里もイライラしてきた。
「急に断るなんてイヤです。逆を考えてください。相手から急にキャンセルされたらイヤですよねえ?」
こういうとき頑固だと困る。未香子は早口に言った。
『栞里。あたしがここまで言うってことは、何かあると察してくれないの!』
「え?」
ただ事ではない。栞里は聞いた。
「何かあったんですか?」
『例の連続監禁事件』
「がどうしたんですか?」
『犯人は、あなたが知っている人かもしれない』
栞里は足がすくんだ。
「……まさか」
『会って詳しく話すから。夜月実のマンションには入ってはダメ。今まで無事だったのが奇跡なくらいよ』
栞里にとっては絶望的な話だったが、唇を噛み締めた。
(何かの間違いだ。そんなわけはない)
「嘘ですよ」
『栞里』
「夜月さんは、そんな卑劣なことをする人じゃありません」
栞里はそれでも蒼白になった。

二人は喫茶店で会った。未香子は、意気消沈する栞里に静かに言った。
「過去の変わった事件を調べていたらね。夜月実という名前が出てきたの」
「……」
「実はともかく、夜月は珍しい苗字でしょ」
「同姓同名ですよ、きっと」栞里は力なく笑った。
「夜月実、32歳。今は34かな」
「その、夜月さんと同じ名前のその人は、何をしたんですか?」
栞里の落ち込みようを見て未香子も顔が曇る。
「24歳の市役所の職員を監禁して、バスタオル一枚のまま手足を拘束。男6人でくすぐり拷問。主犯は夜月実」
栞里は笑った。
「絶対別人です。あり得ない」
「でもね。約1時間も監禁されてて、彼女はレイプされなかった」
バスタオル一枚。手足拘束。くすぐりの刑。栞里は夜月実が語る言葉を思い出し、胸騒ぎがした。
「何か、今回の事件に似ていると思わない?」未香子は続けた。「最初被害者は裸だったんだけど、夜月実がバスタオルを巻くことを許したんだって」
「あたしは、犯罪心理学なんか知らないし、無責任なことは言えません」栞里は俯いた。「ハッキリ断言できるのは、あたしが今取材してる夜月さんとその夜月実は別人だってこと」
「栞里」

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