《MUMEI》
3
栞里は不安を隠せなかった。夜月という苗字はあまりにも珍しい。
未香子が話を続けた。
「結局夜月実は、執行猶予がついた」
執行猶予。すなわち投獄されなかったということか。
「ところが執行猶予中にまた事件を起こしたの」
「絶対別人です」
断言しながらも、栞里は震えていた。
「マッサージ師の女性を公園の木に裸のまま縛りつけて放置」
「最低の男ですね」栞里が怒る。
「次は倉庫の中」
「まだあるんですか?」栞里は焦った。
「女性を裸のままパワーリフトに縛り置き去り」
「未香子さん」
「え?」
栞里は真剣な表情で未香子の目を真っすぐ見た。
「未香子さんは、夜月さんを疑っているんですか?」
「それは…」
言葉に詰まる未香子を、責めるような口調で、栞里が言った。
「何、SM作家だから? 夜月さんと会って話せばわかりますよ。本当に優しい、紳士的な方で、女性に対してそんな酷いことができる人じゃありません」
「二重人格とか」
「それはないです」
何の根拠もなく栞里は断定した。未香子は思わずため息を吐く。
「わかったわ。じゃあ、別人ということで。警察は犯行を繰り返すその夜月という男を追った。ところが、女性の警察官が二人も襲われてしまった」
「よく調べましたね」栞里は涼しい顔でコーヒーを飲んだ。
「人ごとのように言わないでよ」
「人ごとです。別人なんだから」
「じゃあ、もう聞きたくない?」未香子が睨む。
「いえ、聞きます」
未香子もコーヒーを飲むと、話を続けた。
「若い女性警察官を裸にして屋上に放置」
「酷いことしますね」栞里の顔が曇る。
「二人目は屋上にある管理人室に監禁されて、手足を拘束されて拷問された」
「拷問?」
「でも、特徴はいずれも共通していて、レイプはしていない。体を全く傷つけていない」
栞里は別人と断言したが、罪の軽減を願った。
「一見すると許し難い凶悪犯だけど、被害者がいずれも犯人をさほど悪く言わない」
「え?」
「特に女性警察官二人に関しては、裁判の途中で一転して証言が甘くなり、検察側の責めが緩くなった」
栞里は身を乗り出して聞いた。
「なぜですか?」
「これはあたしの憶測だけど、復讐を恐れたか、あるいは、本人が罪を認めて反省しているのを見て怒りが消えたか。レイプはされてないわけだから」
「裸にしたらレイプですよ」栞里はムッとした。
「そうね。それが女性の感覚ね。でも男は違う。レイプしなかったというのは大きい」
栞里は目を見開いた。
「で、判決は?」
「驚かないでよ。結局レイプ未遂とは見なされなかった。被告だけじゃなく、被害者がレイプされるとは思わなかったって言うんだから」
「そうなんですか?」
「で、懲役1年8ヵ月の実刑が下った」
「軽過ぎます」そう言いながら栞里の顔に怒りがない。
「もう、出所してるよ。その夜月実は」
「嘘…」

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