《MUMEI》
過去の過ち 1
二人はベッドにすわりながら話した。度胸がいいのか夜月を信じているのか。栞里は水着のままだ。
彼女は体ごと夜月のほうを向く格好で話した。
「夜月さん。昔のこと、少し聞きました。記録だけ読めば凶悪犯でも、実際はわからない場合ってあります」
「記録のままだよ」
「嘘」
「弁解はしない」
「弁解して」
「弁解はしない」
「弁解してください。あたしのために」
栞里が情熱的な眼差しを向ける。夜月は感動を抑えられない。
「栞里…」
「弁解して」
夜月は苦笑すると、言った。
「悪いことして捕まっておきながら、自己正当化したり、まるで自分が迫害されてるみたいなこと言う有名人いるじゃん。あれはカッコ悪いよな」
未香子が言っていたことだ。栞里は優しく囁いた。
「ここは裁判所でも記者会見の会場でもない。あたしだけに弁解するんだからいいのよ。嘘でもいいから弁解してください」
夜月は目を閉じた。栞里は唇を噛む。夜月は目を開けると、栞里の魅惑的な水着姿を見つめた。
「裁判で、一つだけ嘘をついた」
「嘘?」
栞里は緊張した。確か裁判で嘘を語るのは、罪に問われるはずだ。
「女刑事を二人襲った。一人目の刑事。屋上で、彼女はどんな服装かと聞かれて、タンクトップにショートスカート。裸足にサンダルと答えた。挑発的な薄着だったと」
栞里は真顔で聞いていた。
「それが嘘なんですか?」
「大嘘だ。彼女は始めから全裸だった」
「え?」栞里が目を丸くする。
「一糸まとわぬ姿で屋上にいた。着替えはバッグに詰め込み、管理人室にあった。刑事と知らずにオレは、バッグを盗んで、意地悪しようと思った」
栞里は顔をしかめたが、夜月を責めずに質問した。
「何で全裸だったんですか?」
「君はどう思う?」
「わかりませんよ」
夜月は穏やかな表情で語った。
「なぜ全裸でいたのか。囮捜査でも裸になる必要はない。もしオレが、彼女は始めから全裸だったと言えば、たちまち彼女は好奇の目に晒されてしまうと思った」
夜月の話を、栞里は瞬きもしない真剣さで聴いた。
「自分を守るための嘘は墓穴を掘る確率は高いけど、人を守る嘘は、ついてもいいと思った」
「……」
「彼女は服を着ていたと。案の定検察側も否定しない。全裸だったら裁判がひっくり返ってしまう」
「でも、それで夜月さんが不利に…」
「マスコミはときに、市民を抹殺しかねない攻撃の牙を剥くことがある。ましてや若い美人刑事だ。オレの事件なんかよりはるかにワイドショーのネタになる。被害者なのに彼女が社会的に抹殺されていいわけがない」
栞里は夢の中にいるような目をしていた。
「夜月さん…」
「でもこの嘘の証言により、刑事はオレを憎む気持ちが薄らいだみたいだ」
「やっぱり、あたしの知ってる夜月さんだ」
「オレはドS悪魔だよ。あんまり誉めると栞里も餌食にするよ」
栞里は赤い顔をしておなかに手を当てた。
「あなたって、ホントに怖いこと言いますね」

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