《MUMEI》
囚われた天使 1
社員食堂。
栞里が一人で食べていると、未香子が来た。
「栞里」
「あ、どうも」
真顔で遠慮がちな栞里に、未香子は心を痛めた。
栞里の真向かいにすわると、未香子は神妙な顔で言った。
「あたし、栞里に謝らなきゃいけないね」
「え?」
「犯人捕まったでしょ」
栞里は目を丸くした。
「そうなんですか?」
「あ、知らなかった? 30代の無職の男。推測で名前を出すなんて、無責任極まりないわ。本当にごめんなさい」
未香子が頭を下げるので栞里は慌てた。
「未香子さん、顔を上げてください。未香子さんはあたしを心配してくれただけですから」
未香子は顔を上げた。今さらながら栞里の優しさを愛した。
「でも、犯人捕まって良かったですね」
「栞里。あたしもあれから考えたのよ」未香子が真剣な表情で栞里を真っすぐ見る。
「考えた?」
「もちろん未遂だろうが女性に悪さするのは許されないことよ。でも、死刑や無期懲役じゃないなら、もう一度人生をやり直すしかないわけじゃない?」
「はあ…」
話が見えない栞里に、未香子は熱く語った。
「出所しても前科者ということで世間に居場所がないんじゃ、追い詰められる危険がある。なぜ危険かというと、本人が中のほうが居心地いいと思ったら、どういう行動に出るか」
「でも…」
口を開く栞里を遮るように未香子が言った。
「甘いと言ったらそれまでだけど、要は反省の心の強さよ。反省の色が薄い男は再犯の危険性は高いからね」
よく裁判で反省の度合いが刑の重さを決める。反省したところで許されない罪もある。
ただ、法に触れて逮捕されても、全く反省しないどころか、検察側に挑戦的になり、メディアを使って批判する被告人もいる。
あくまでも冤罪の人だけが許される行為で、本当の違法者が勘違いをして英雄気取りな振る舞いをした場合、一気に罪が重くなる。
未香子は始め、夜月実がそうなのではないかと疑った。しかし栞里を見ていると違うような気もしてきた。
栞里も力説する。
「前科があるからって、一生隅っこを歩いてろと言うのも酷だと思うんです」
「栞里」
「はい」
「あなたは警察官じゃないから、問題は法律じゃない。あなたが許せるかどうかがすべてだと思う」
栞里は数秒俯くと、燃える瞳を向けた。
「彼は反省もしてるし後悔もしています。自分がしたことを語りたがらないし、弁解もしません。自分が悪いことをしたんだと」
彼…。この言葉。未香子は自分の勘が当たってしまったと思い、複雑な心境になった。
「好きなのね。夜月さんのことが」
栞里は真っ赤になって否定した。
「何言ってるんですか未香子さん。罪を許すドストエフスキー精神ですよ」
「そこでドストエフスキー出しちゃう?」
「出しちゃいますね」栞里は額に汗が滲む。
「栞里、夏なのに大汗かいてるよ」
「だって未香子さんが変なこと言うもんだからって、いいんですよ夏なんだから!」
「ハハハハハ!」

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