《MUMEI》
2
無性に夜月実に会いたくなってしまった栞里は、夜に夜月のマンションへ行った。
「こんばんは」
洒落た赤いTシャツにジーパン。挑発的な薄着よりも、普通の格好のほうがそそる場合があるから不思議だ。
「こんばんは」夜月は笑顔で言う。「栞里。いいところに来た」
「何?」
「今ね、新作を書いていたところなんだが、女性の意見も聞いてみたくて」
「へえ…」
とりあえず部屋に上がった。
「脚本を見せよう」
「いいんですか?」
「その代わり実演してもらうよ」
「あ、用事を思い出しました」
栞里が笑顔で立ち上がる。夜月は軽く腕を掴んだ。
「ダメだよ。それより飲みながら話そう。日本酒がある」
「日本酒って足に来るんでしょう?」
「来ないよ」
「すぐ回るって言ったじゃないですかあ」
あまり嫌がってなさそうな様子の栞里を見ながら、夜月はさりげなく言った。
「でも日本酒のあとの入浴は良くないよ」
栞里は唇を噛む。わざと罠にハマるのもスリル満点だ。
「じゃあ、先にシャワー浴びていいですか?」
夜月の目は一瞬光ったが、すぐに真顔になり、栞里を見つめた。
「絶対変なことしないからバスタオル一枚で出ておいで」
栞里は一気に緊張した。
「そんなこと言ってあたしを押し倒す気でしょう?」
「絶対そんなことしない。約束する」
栞里は赤い顔をして笑った。
「押し倒してあたしが慌てる姿見て楽しむんでしょう」
「人を変態みたいに言っちゃダメだよ」
「どうだか」
そう言いながらも、栞里はバスルームに消えた。
夜月は日本酒を用意する。栞里は甘い吐息。脱衣所で服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
裸にされる可能性も考えて入念に体を洗う。
さすがに緊張する。バスタオル一枚。大丈夫だろうか。でも「やめて」と本気で哀願している間は犯される心配はないと思った。
その点は編集長よりもはるかに安全だ。刃山狩朗や千変剥のほうがずっと危険だし、混浴で会った男たちなど飢えたハイエナと何ら変わらない。
夜月実だからこそスリリングなゲームを楽しむことができる。
栞里は赤面しながらバスタオル一枚の姿で部屋に戻った。
「お待たせ」
夜月の目が輝く。
「かわいい!」
「ダメですよ」栞里は真顔になると両手を出した。
「まず飲もう」
栞里はイスにすわると、夜月と乾杯。日本酒をグイグイ飲んだ。
「酔ったら泊めてあげるから心配しないで」
「心配します」
笑顔で睨む栞里に構わず、夜月は話を進めた。
「ヒロインは清らかな天使で、悪魔に囚われてしまうんだ」
「それはまずいでしょう」栞里はおなかに手を当てた。
夜月は脚本を見せながらどんどん話を進める。
「栞里は天使の役やって。オレは悪魔。天使はバスタオル一枚で手足を拘束されても強気の姿勢を崩さないんだ」
「無理無理。泣いちゃうよ」栞里はニコニコしながら首を左右に振った。

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