《MUMEI》
愛の炎
「火事?」

取り合えず不安になって、二郎にバスタオルを渡した。
二人で備え付けのバスローブに着替えておく。


「廊下も騒がしくなってるみたいだけど……」

二郎が扉を開けると、焦げ臭い空気が充満していた。



「大変お騒がせ致しました、先程防災ベルが反応しましたがお客様の煙草の煙に反応しまして、既に鎮火しております。」

フロントマンが廊下に出て来た客一人一人に対応している。

唸るような、悲鳴のような声が向かいの部屋の扉の隙間から聞こえてきた。


「楠…?」

思い切って向かいの部屋へ突っ込んでみる。


「馬鹿、動くなっ…」

うっかり、二郎も連れてきてしまった。
部屋は煙と臭いが酷い。


「うっうっ……」

子供みたいに丸まっているのが楠だ。
その横の一人掛けの椅子にはあの学生が。


「うっわ煙た……っ、馬鹿だなこんなとこにいつまでも、出るぞ出るぞー!」

学生を半ば荷物のように引っ張りあげて楠は二郎に託した。一先ずは俺達の部屋に避難する。


「換気するぞ!」

窓を全開にした。学生は不思議そうに俺を見ている。


「楠大丈夫?」

二郎もヘトヘトになっている筈だが、楠を心配していた。楠はまるで仔犬のような鳴き声だ。


「冷水にでも落とせ。」

学生は片頬を吊り上げて笑った。


「君は大丈夫?こんな騒ぎにもなってるし、少し疲れてない?」

二郎が心配する程、学生は特に怪我も無いだろう。


「ちょ……なんで楠なんかに俺より優しくするんだよう!」

二郎の分け隔てない愛が俺には物足りないのだ。


「今のタイミングでなんで甘えっ子になるんだよ!」


「甘えっ子じゃないし!二郎が俺を甘えさせてくれないだろうが!」


「可愛くないからだよ、楠のが可愛い!あの子のが可愛い!」

楠や学生を指差す。


「楠より俺が劣っているだと?!」

ショック過ぎるだろ……!

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