《MUMEI》

泥だらけになってしまった自分の服
見るに居た堪れなくなってしまったソレに、どうしてか泣きたい気分になった
「……何で。俺、こんなんばっか……」
蹲って本当に泣いてしまえば、不意に背後に気配を感じる
唸るような鳴き声、すぐ傍らで聞こえる荒々しい呼吸に恐々向き直ってみれば
「……狼!?」
其処に居たのは数匹の狼
突然すぎる遭遇に脚を震わせ始め
逃げようと踵を返した矢先、脚を縺れさせ転んでしまっていた
「……何で、こんな処に居るんだよ。あっち、行けって!!」
精一杯の虚勢を張ってみせながら、何とかこの場をやり過ごそうと試みる
だが狼の咆哮一つでその身体は竦み上がってしまい
身動きが取れなくなってしまう
「……ノ。ディノ!!」
襲いかかられる恐怖に眼を閉じてしまいながら名前を叫んでしまえば
寸前で現れた何かに、それを遮られていた
「……ウチの子に、何してくれてんの?」
ソレがアンディーノの獲物だと気付いたのは直後
滅多に見せる事のない凶悪な表情で狼と対峙している
「……最近よう現れてくれるな。畑の野菜も食い放題しとるみたいやし」
「ディ、ディノ……」
「大丈夫か?ラティ。早うおっさんの後ろに隠れときぃ」
すぐに終わるから、とラティへは普段通りの笑みを浮かべて見せながら
また正面を見据えるなり、その笑みが消え失せた
「……食うモンなくなってこいつが栄養失調にでもなったらどないしてくれるん?」
返る声のない一方的な会話
だが言わずにはいられないアンディーノは耳汚い悪態を様々つき始める
「……死にとうなかったらさっさと失せろ。せやないと本気で怒るぞ」
獲物を構え凄んでやれば
狼はまるで怯んでいるかの様に後ずさる事を始める
退くつもりかと、気を抜いた次の瞬間
狼の身体が高く跳ねた
アンディーノの身の丈を軽々飛んで越え
狼が狙いを定めたのはラティ
その事に気付いたアンディーノは咄嗟にラティの身体を抱き込んでやる
アンディーノの身体で遮られた視界
唯一わかったのは、何かが何かに食らいつく(音)
嫌な水音に耳を犯され
ラティは閉じていた眼をつい開いてしまっていた
「……ディノ!?」
間近にはアンディーノの顔
気付いた時には遅く、狼の牙がアンディーノの腹部を深々と抉っていた
「……っ!」
否応なしに感じてしまう激痛
多量出血に目の前が霞むのを何とか堪えながら獲物を振るえば
何とかその首を落とす事が出来ていた
「ラティ。怪我、ないな?」
全身血塗れのアンディーノがラティの安否を問う
問うてくる本人が無地でないその様に
ラティは俯き、そしてまた泣き出してしまっていた
「やっぱ、どっか怪我したんか?痛いトコとか……!」
動揺し始めてしまったアンディーノへ
ラティは身を起こし、無言でアンディーノを抱きしめる
その腕が微かに震えているのを感じ
アンディーノは霞掛る意識の中、それを感じずには居られなかった
目の前でだれかを失ってしまう
これこそがラティが一番に恐れている事で
その事に、改めて気付き、アンディーノは苦く笑う
「……恐がらせた。ホンマ、ごめん」
ラティの前で膝を折ってやり視線を合わせながらの謝罪の言葉
漸く僅かばかり落ち着いた様子のラティが首を横へと振りかけた
次の瞬間
そのラティへと凭れ掛かる様に、アンディーノの身体崩れ落ちてきた
「……ディノ!?」
糸の切れた人形の様に全く動かなくなてしまったアンディーノ
一体どうしたのか、焦りながら様子を伺って見れば
その身体がひどく熱を帯びている事に気付いた
「な、安で、こんな行き成り……」
突然の事にラティは動揺するばかりで
何かをしなければと思いながらも、その場を動けずにいた
「オッちゃん!ラティ!」
どれ位そうしていたのか
サラが走ってくるのが見え、その姿にラティは叫ぶ声を上げる
「……ディノ、ディノが!」
動揺の余り説明を得ず
だがサラはすぐに状況を理解したのか、人を読んでくるためにまた踵を返し
暫くして、サラがヒトを連れ立って戻ってくるのが見えた
「お兄ちゃん、早う運んだって!早う!」
「……随分と派手にやられたモンだな」
連れてこられたのはサラの実の兄でアンディーノの昔からの馴染み顔
アンディーノを見下ろし、そして徐に肩へと担ぎ上げられた

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫