《MUMEI》

眉間を強く押さえつけられ、何事かと訝しめば
深い皺が其処に寄っている事を指摘された
「総さんっていつも眉間に皺寄せてるけど、これ放っとくと本物皺になるわよ」
「構わねぇよ。別に」
その手を振り払い、酒を更に煽る
徐に外へと視線をむけて見れば
人々の喧騒に紛れ、季節外れな紫陽花が見えた
「……ねぇ、総さん。しってる?」
「は?」
突然に話を振られ、何の事かを問うてれやれば
「……赤い色の紫陽花の下にはね、死体が埋まってるって話」
物騒な事を言い出した
突然のソレにまた訝しげな顔をしてやれば
表から風鈴の様な小高い音が聞こえてくる
その音を無意識に追って見れば、あの少女の姿が人の波間に見えた
「あのガキ……!」
「ちゃっと、総さん!?」
突然に走り出した井原
人ごみに見え隠れするその姿を追って行けば
いつの間にか随分と寂びれた通りに出ておた
人一人おらず、何の音もない
唯聞こえるのは井原自身の呼吸と、心臓の音のみ
明らかに異様な様に、辺りを見回せば
向いた正面、その先に井原はあるモノをみた
一面に咲き乱れる真紅の紫陽花
死体が埋まってる
その言葉を彷彿とさせるかの様な鮮やかすぎる朱
その中に、人影を一つ見た
「この下には死に体が、眠ってる。そして貴女も、ここに眠る」
「は?」
「アナタは私の死に体になるの」
耳障りな物言いと、醜く歪んだ口元
井原は警戒に腰を低く据え身構える
「どう足掻こうと、全て無駄」
嘲る様な笑をその口元に浮かべたかと思えば
その姿が一瞬にして消える
何所へいったのか、辺りの気配を探りはじめた
「……死に体は、土に、還るもの」
その気配がまた現れたのは背後
気付いた井原は身を翻し、また相手との距離をとる
「……さっきも、言った。全て、無駄」
「……勝手に決めんな。阿呆が」
「なら、あの子たちは、一体どうやって救われればいいの?」
教えて、との感情のない声に
解る筈のない井原は怪訝な顔で
何も答えずそのままで居ると
「……ヒトは、いつもそう。死に体の声を聞こうともしない」
「……」
「……直ぐに、知ることになる。その時まで精々安穏と暮らしておくといいわ」
耳障りな言の葉と共に寄越されたのは朱の紫陽花
ヒトの血肉で赤く染まった花弁
井原はソレを受け取る事はせず、足下に落ちたソレを草履で踏みつけていた
「……ひどい、ヒト」
無残にも踏みつけられたソレを眺めながら
少女は相も変わらず表情のない顔を向けてくる
「……同じ目にあわせてあげる」
「は?」
「……この子みたいに、あなたの全てをバラバラにしてあげるから」
楽しみにして居て、と嫌な笑顔
そして更に嫌な笑い声を残し、その場を後にしていた
井原もすぐさま踵を返し帰路へと就いた、その途中に
あの朱い紫陽花を見た
ソレまで気にも掛けなかったその色が今は酷く目に付く
死に体にばれといい、そして全てを壊すという
自らのモノになれと言いながら、それを壊そうとする心理に
井原は、そのどちらが本音なのか、理解に苦しむばかりだった
「……死に体が求めるのは、同じく死に体ですからな」
唐突な背後からの声
向き直って見れば其処に、少女を井原の元へ置いて消えたあの老婆の姿があった
「訳、解んねぇよ。お前も、あの小娘も、一体何が目的だ?」
状況理解を試みようと問うてみれば
だが老婆は首を横へと振りながら
「それは私には答えられませんな」
「何か目的があったから、俺にあれ押し付けたんだろうが」
知る権利位はある筈だと主張してやる
相手はやけにあっさりと納得し
「……真を所望か。ならばこちらへ」
井原を先導し、歩き始めた
仕方なくその後を付いて歩き、到着した其処は墓地
其処一面には朱の紫陽花が咲き乱れている
「……いつ見ても美しいのう。そうは思いませぬか?」
その様を眺め、感嘆の壱岐をはく老婆
一本紫陽花を手折ると、それを徐に食む
「まだ足りんのう。味が薄すぎる」
本来食用でない俺を口一杯に頬張りながら
老婆は井原へとゆるり向いて直ってきた
食べてみたらどうかと差し出されたソレを拒み
井原は状況理解にと説明を乞う

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