《MUMEI》
楽屋裏
彦四郎と原は、3年ぶりのリサイタルが行われる舞台でのリハーサルを終えて、楽屋への通路をゆっくりと歩いていた。
「調律、大丈夫でしたね?」
原は、疲れた様子の彦四郎を気遣いながら尋ねた。
「ああ。大丈夫。長谷部さんがしてくれたんでしょ?間違いないよ」
彦四郎は、自分の顔を覗き込むように、体ごとこちらを向いているせいで、横向きに歩いている原を見て少し笑った。

「では、あと1時間。楽屋でお待ちください。」
原はそう言って、楽屋のドアを開けた。
「ありがとう」
彦四郎が先に入り、その後に原が続いた。
彦四郎は、まっすぐ楽屋の真ん中に置いてあるピアノに向かった。
「何かお飲みになりますか?」
原は、ドアのすぐ脇に置いてある、テーブルの上を見ながら聞いた。
「いや、今はいらない」
原は、鍵盤を見つめる彦四郎を見て、この日が無事迎えられた事を、改めて嬉しく思った。
「では、僕は終了後の打ち合わせをして来ます。5分前にはお迎えに参りますから、それまでゆっくりなさっててください」
「ありがとう」
彦四郎は、ドアを出ていく原を目で見送ると、視線を落とし、鍵盤にそっと指を置いた。いくつもの音色が、静かな楽屋に広がる。
彦四郎は軽い疲れを覚え、目を閉じた。



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