《MUMEI》

 「お兄ちゃん、オッちゃんの具合は!?」
自宅へと担ぎこまれたらしいアンディーノの後を追ったラティとサラ
半ば飛び込む様に中へと入れば
丁度、医者が診察を終えた処に出くわした
「……サラさん、ちょっと」
「何?」
小声で手招かれ
沙羅は何事かと怪訝な顔を浮かべて見せながらその傍らへ
何故かラティと十分に距離を取った事を確認すると、漸く話す事を始める
「で?オッちゃんの具合どうなん?」
今一番に気にすべきはソレだと、改めて話題にしてやれば
瞬間、医者の表情が僅かに曇った
「……落ち着いて、聞いて下さい。アンディーノさんの左眼が、失明しました」
「は?失明って……」
「おそらく、噛みついた狼の牙に毒でもあったんでしょう。今も、酷い高熱がでていて。それが原因だと、思うのですが……」
「……オッちゃん、何も見えん様になるん?」
想像するに難しくない、最悪の結果
不安げな表情のサラへ
医者は険しい表情の後、僅かばかり顔を緩ませる
「……幸い視力を失ったのは左眼だけでした。右眼は、大丈夫です」
その言葉にサラは安堵し、その場へと座り込み
後ろを振り返ってみれば、その様子を窺う様にラティが不安げな顔で立っておた
もう大丈夫だから、と告げてやると慌てた様子でアンディーノが寝ている部屋へ
「……ディノ」
普段通りの寝顔
だが日頃と違う、身体の至る処にまかれた包帯
特に傷が深いだろう腹部
そして、見えなくなってしまったと聞かされた左眼
見るに居た堪れなくなり、ラティはその場から逃げる様に離れてしまう
「……何で、いつもこうなるんやろ」
ラティが部屋を飛び出したのと同時に、アンディーノはゆるり眼を覚ます
眼を覚ました事への更なる安堵に号泣してしまうサラを何とか宥め
アンディーノはラティを追って外へ出た
向かったのは、畑
群生するトマトに埋もれるかの様に膝を抱え座っているのが見える
「……ごめ、ディノ。本当に、ごめん……」
「何が?」
何度も呟くソレに返す様に顔を覗き込めば
ラティは驚いた様な顔だ
「ディノ……」
「何やん、自分。べそかいて」
「うるせぇ!お前のせいだ!」
その表情が涙に歪むんだのはすぐで
眼尻に溜まった涙が頬に伝うのを見、
アンディーノは困った様な笑みを浮かべて見せる
「……本当、心配掛けてごめんな。ラティ」
謝ってやれば、ラティは頷くでもなく、首を横に振るでもなく
零れる涙を手の甲で拭うばかりだ
中々泣きやんではくれず
アンディーノはその小さな身体を抱きしめてやる
「……メシに、しよか」
宥める様に背を叩いてやりながら言ってやり
頷いてくれたのを確認すると抱え上げ歩きだしていた
「……痛い、よな」
「は?」
在るく最中、蚊の鳴く様な呟きの声
つい聞き返してしまえば、ラティの腕が無言でアンディーノへと伸びた
「……少し位、痛そうな顔しろよ。チクショーが」
言ってくれなければ、受け止めてやることすらできない
ソレが堪らなく歯痒く思え、せめて傍で支えてやる事が出来れば、と
アンディーノの肩口に顔を埋め、ラティはそのまま肩をしゃくり上げ始めていた
その背をまた宥めてやる様に軽く叩いてやるアンディーノ
宥められるばかり、受け止めて貰うばかり
一体、自分は何のためにこの男の傍にいるか
何の役にも立ってない、支えにもなってないというのに
そんな想いばかりがラティの胸の内を段々と支配する
「……ディノ」
「ん?」
撫でられる心地よさに、少しばかり落ち着いたらしいラティが徐に呼んだ
それにアンディーノが向けてやるのは普段通りの笑い顔
ついその笑みに甘え、言葉を飲み込んでしまいそうになったラティ
だが言わなければならない事がある、とアンディーノを正面から見据えれば
「オッさんから離れるなんて、寂しいこと言わんとってな」
先手を取られ、ラティは驚きにアンディーノを改めて見やる
何で、と問おうとした口元は涙に戦慄き、言葉を形にはあらわしてくれない
これ以上、この男が何も失う事が無い様に
その為には自分が居ない方がいいと解っているはずなのに
広げられた両の手に、飛びこんでしまう
「安心しぃや。ラティは何も悪くないんやから」

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